5月号
今、改めて噛みしめる平生先生の言葉|今も神戸に生きる 平生釟三郎の精神
平生釟三郎氏の教育理念を今に受け継ぐ甲南学園。幼稚園の設立は明治44年(1911)、その翌年に小学校が設立された。学園長兼校長の祢津芳信さんに、平生先生が残された多くの言葉に託された思いをお聞きした。
画一主義的な教育に疑問をもつ
―平生先生の教育への思いは?
明治・大正時代の日本は画一教育、お国のためになる人材を育てるという教育がなされていました。平生先生は、これに違和感をもっておられたそうです。仕事でイギリスに行った際に見たパブリックスクールの様子が心に残っておられたようですね。特にラグビーの「ノーサイド」の精神に感銘を受けたと聞いています。
―甲南小学校設立につながった経緯は?
日本最大級の経済都市だった大阪と東洋最大の港湾都市だった神戸の中間に位置した住吉界隈は温暖で水も綺麗という条件が揃い、大阪で成功した財界人が移り住むようになりました。当時は公立学校の施設も十分なものではなく、そこで自分たちの子弟のための学校を設立しようという動きが始まります。知識を詰め込む画一主義的な教育に疑問をもち、同じ志をもつ人たちが集まったのでしょうね。まず幼稚園を開設し、順次、上の学校をつくっていった私立学校は珍しいのではないでしょうか。
―病院設立にも尽力されましたね。
平生先生は岐阜県の貧しい家に生まれ、非常に苦労して勉強されたそうです。その後、東京で養子に入った家の娘さんと結婚し幸せに暮らしていましたが、奥様は産後の肥立ちが悪く、亡くなります。当時の病院はお金がなければ診てもらえず、食生活もひどいもので栄養も付けられない。41歳の時、既に2人の奥様を病で亡くすという不幸に見舞われていた平生先生は、医療の現状を見て、病人のための病院、甲南病院の設立に尽力されたのだと思います。
「徳・体・知」のバランスの取れた教育を
―平生先生の教育理念は?
甲南学園は創立以来、平生先生の教え「徳・体・知」のバランスの取れた教育を目標としています。この順番が、甲南らしいところです。まず「徳」です。相手を思いやる心を育むことを一番に掲げています。平生先生の「世界に通用する紳士・淑女たれ」という言葉がありますが、実はその前に「健全な常識をもった」と付いています。人を蹴落としてまで自分だけでいいのか?相手のことを思いやれる人が世界でも成功するのではないか?という思いです。子どもたちには、いろいろな場面で、相手の気持ちを考える場面を作っています。こういった経験を重ねることで、平生先生のおっしゃる健全な常識をもった子が育つと考えています。小笠原流(煎茶道)の日本文化学習を通して、相手を思いやる気持ちが作法につながっていることを学んでいることも、そのひとつです。
―「体」は体を鍛えるということですか。
歩くこと、走ることを基本とし体を鍛え、それによって諦めない心を養います。昔は、毎週土曜日に遠足に行っていたそうです。今でも年間8回の遠足は通常の小学校より多いのではないでしょうか。中でも年2回の六甲山鍛錬遠足は伝統です。1年生のときには泣きながら登っていた子が、年々しっかり登れるようになっていく様子は、体力はもちろんですが、精神的にも鍛えられているのだとよく分かります。
―「知」とは?
「知」は考える姿勢。知識は大事ですが、次の段階として自分で考える力を養うことを大切にしています。さらに時代に合わせて、2年前から授業改善に取り組んでいます。子どもたちはまず調べますが、最近はインターネットで調べるのが当然のようですね。その情報が本当に正しいのかを考えさせる必要があります。次に、ペア学習での話し合いの場をつくり、次に4人で話し合い、最後に全体へと輪を広げていきます。甲南中高では自分の意見を発表する力を養っていますので、そこにつなげていこうというものです。これも一貫教育の良いところだと思います。しかし、中にはそういった学習が苦手な子もいます。そこでWi‐Fi環境を整え、タブレットを使い、自分の考えをみんなにも見てもらえるシステム作りを行っています。いろいろな方法を実践しながら、現在、研究中です。
―甲南小学校を卒業後は?
今でもほぼ9割が甲南での一貫教育を望んで入学してこられます。甲南小学校出身の子どもたちが、中高に進んでもリーダーになって学校を引っ張っていってくれているのではないでしょうか。社会に出てからはいろいろな方面で活躍してくれていますが、甲南卒業生は一生の絆ができるのが特徴のひとつですね。同級生はいくつになっても毎年集まりがあるようですし、同窓会のつながりも深いですね。自分さえ良ければいいという考えではないからでしょうか、社会に出てもみんなに可愛がってもらえる存在のようです。〝人がよすぎる〟という面もちょっとあるようですが(笑)。
―平生先生はたくさんの言葉を残しておられますね。
10数年前から、改めて平生先生の言葉をしっかりと教育に生かしていこうとしています。例えば、「正志く 強く 朗らかに」。中でも「正志く」は決して卑怯なことはしないという強い意志の表れです。「常に備えよ」は、阪神大水害で校舎も全部流されてしまい、その5年後の再建時に建立された石碑に刻まれています。予期せず起きるトラブルに備え、日頃から生きていくための知恵や技術、倫理観を身に付けておくことが大切。これは卒業生から「今も会社で使わせてもらっています」という声を聞きます。心のどこかに刻まれているのでしょうね。人生で迷ったときには、平生先生の言葉とその精神を思い出して原点に戻れるのではないかと思います。
―110周年に向けての抱負は?
110周年に限らず、節目を迎えるごとに平生先生の思いを共有しながら、さらに新しいことにも挑戦していかなくてはならないと思っています。
学校法人 甲南学園甲南小学校 甲南小学校・甲南幼稚園
学園長兼校長
祢津 芳信 (ねつ よしのぶ)さん
兵庫県神戸市生まれ。1986年より学校法人甲南学園甲南小学校に勤務。2007年に副教頭に就任後、教頭、副校長を経て、2016年に学園長兼校長に就任。兵庫県私立総連合会監事、神戸市私立学校協会監事、兵庫県私立小学校連合会監事兼任