2025年
11月号

神戸で花開いた洋食文化 神戸の洋食、こぼれ話

カテゴリ:洋食, 神戸

洋食は「日本料理」ではないかもしれない。しかし、すでに150年の歴史を重ねて日本で独自に発達した「日本食」と位置づけることができるだろう。日本に根ざした洋食は、西洋文化と日本文化の交流の産物。と言うことは、国内でも珍しく1868年の開港直後から外国人と日本人が混住する雑居地が存在した神戸がそのルーツの一翼を担ったのは当然かもしれない。
1870(明治3)年、外国人たちの活動の拠点となった神戸居留地で、オリエンタルホテルが営業を開始した。西欧から招かれたシェフが作る西洋料理は評判を呼び、ここで多くの日本人が本場仕込みの料理を学び、やがて巣立っていくことになる。
ここでは、神戸の洋食にまつわる話題を拾い上げ、少し斜めの角度ながらこの街の洋食にまつわるエピソードとしてご紹介しよう。

函館の駅弁と神戸の洋食

いまは新千歳空港にその役割を譲ったが、かつて函館駅は北海道のゲートウェイとして大いに賑わった。青函連絡船に揺られやって来た北に向かう人の群れを迎える駅の構内に飲食事業は不可欠で、食堂は混雑、駅弁も大いに売れた。
現在、函館駅には連絡船も新幹線もやって来ない。しかし駅弁は健在で、中でも甘辛く炊いた鰊と食べ応えのある数の子がのっかった「鰊みがき弁当」は名物として依然人気が高い。それが買える函館駅の駅弁売り場は「駅弁の函館みかど」と称している。平成24年(2012)までは昭和11年(1936)創設のみかど函館支店が経営、平成24年(2012)からJR北海道フレッシュキヨスクが事業を継承し営業しているが、長年愛され続けてきた「みかど」のブランドを残しているのは旅人の視点からも嬉しい配慮だ。
実はこの「みかど」のルーツをたどると、神戸の洋食に結びつく。
信州に生まれ佐久間象山に学んだ後藤勝造は、開港間もない神戸に出て明治10年(1877)に蒸気船問屋を創業(現在の後藤回漕店のルーツ)。着実に業績をのばして明治20年代になると規模が拡大するが、当時は大きな回漕業者には乗客に宿舎や供食施設も提供する必要があったようで、明治22年(1889)に宇治川筋にレストラン兼旅館を開業。そこにたまたま、後に大臣を歴任する後藤新平が宿泊して勝造と親しくなる。そして台湾総督の補佐を務める新平の助力で台湾に進出し、事業がさらに発展した。
明治32年(1899)に日本初の食堂車が神戸から現在の防府を結ぶ山陽鉄道で運行を開始すると、勝造はその運営に乗り出し洋食を提供したが、ここにも新平のバックアップがあったと思われる。さらに新平の助言で神戸駅構内に洋食レストランをオープン。これが大いに当たった。その後新平のアイデアで屋号を「自由亭」から「みかど」に改めた。
明治41年(1908)に新平が初代鉄道省総裁に就任すると、「みかど」は全国の食堂車経営を委託されるとともに、各地で駅構内の食堂も展開。札幌、函館、東京、名古屋、門司港、博多、さらに台北、台南、高雄にまで「みかど」の看板が掲げられた。そして函館では駅弁も手がけたという訳だ。
神戸駅構内の「みかど」は平成15年(2003)に歴史の幕を下ろし、事業自体もその約10年後に廃業した。しかし、神戸の洋食の食堂車やレストランをひとつのルーツとして旅と食の楽しみを全国に波及させたという点で、勝造と「みかど」は大きな役割を果たしたのではないだろうか。

家庭の洋食の立役者は神戸から

洋食は、何も外食だけのものではない。家庭の食卓もまた、洋食が煌めく舞台だ。特にコロッケやカツなど揚げ物の洋食メニューが家庭に定着するようになったのはいわゆるソース、ウスターソースやとんかつソースの存在が大きかったと思われるが、それらの原点は神戸にある。
ウスターソースは19世紀にイギリスのウスターという街で誕生、日本にも明治維新の頃にはすでに輸入され、西洋料理の隠し味として使われていた。これをサンプルにして国産ソースを開発したのは、仙台藩の藩医の家系に生まれ、日本近代窯業の父と評されるドイツ人技師、ゴッドフリード・ワグネルに工業化学を学んだ安井敬七郎だ。
ある日、敬七郎はワグネルと神戸で食事をしていた。その時に「神戸には美味しい肉があるのに、なぜ美味しいソースがないのか?」とワグネルがふと漏らしたひと言に魂が揺さぶられ、敬七郎はソースの研究に没頭、明治18年(1885)に独自のソースを完成させた。ところが当時は販路がなく、薬効成分のある香辛料をふんだんに含むこともあって薬局を通じて流通させたという。
その後敬七郎はウスターソースの本家、イギリスのリー&ペイン社で指導を受け、帰国後神戸に日本初の本格的なソースメーカー、安井舎蜜工業所を開設。やがて阪神ソースに発展し、同社では現在も明治30年代のレシピで製造されたウスターソースを販売している。
そのうちソースは神戸に定着して進化する。大正12年(1923)創業の道満調味料研究所は昭和戦前にすでにどろソースを提供、さらに社名を道満食品工業に変更した翌年の昭和23年(1948)、濃厚でとろみのあるとんかつソースを世界で初めて販売。洋食メニューのみならず、関西の粉もん文化の発展に大きなインパクトを与えた。
そして令和のいま、神戸は全国屈指のソースシティーとして存在感を示し、前述の阪神ソース、道満食品工業改めオリバーソースのほか、ニッポンソース(1949~)、ブラザーソース(1950~)、ばらソース(1955~)、プリンセスソース(1957~)といった歴史ある地ソースたちがそれぞれの個性的な味わいで神戸の洋食文化を引き立てている。なお、長田神社前商店街のユリヤに行けば、これらのソースがすべて手に入るのでぜひ。

明治中期のオリエンタルホテル。神戸市文書館提供

日本人シェフたちが伝統の味を継承。神戸の洋食の美味しさの秘訣はソースにある

日本で最初のとんかつソースを販売したオリバーソース。昭和中頃の宣伝カー


神戸の洋食のルーツを今に

2023年に創業100周年を迎えたエム・シーシー食品では旧オリエンタルホテルのレシピを再現している。「100年前のビーフカレー」を発売した。直火で焼き上げたルーに、あめ色になるまで炒めた淡路島産のたまねぎと煮出したブイヨン、マンゴチャツネを加え、国産牛肉のうま味が溶け込み、神戸の洋食のルーツを今に伝えている。

神戸コロッケ誕生秘話

大正時代に和洋折衷メニューとして誕生したコロッケは、日本の三大洋食として親しまれている。1989年当時、市販のコロッケは冷凍が主流で、利便性を重視する風潮があった。そこで、ロック・フィールドでは、安心・安全で素材にこだわったおいしいコロッケを開発、それがお馴染みの神戸コロッケ。現在、ポテトコロッケ、クリームコロッケ、旬野菜のコロッケなど多彩なメニューで食卓においしさを届けている。

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