3月号
伊藤智雄先生に聞く 「教えて、病理医のお仕事」
正確な診断で医療の安全性に寄与する〝縁の下の力持ち〟
神戸大学附属病院 病理部教授
伊藤 智雄 さん
神戸大学と兵庫医科大学が主催する「HANSHIN健康メッセ」は大人も子どもも楽しく健康や体のことを学べるイベント。顕微鏡を使っていろいろなものを観察する人気のコーナーを担当していた、神戸大学病理学部の伊藤智雄先生にお話を伺いました。
楽しみながら病理のことを知ってほしい
―昨年8月の健康メッセで伊藤先生のコーナーは大盛況でしたね。
医療の中で重要な役目を果たす病理ですが、一般の方には非常に分かりにくい分野です。これをいかに楽しく自然なかたちで知ってもらえるかと常々考えていますので、こういった機会を頂けるのは本当にありがたいことだと思っています。とはいえ、病気そのものをお見せするわけにはいきませんから、身近なオクラやイカ、ブルーチーズなど食べ物が顕微鏡でどんなふうに見えるのかを、お父さんお母さんも一緒に観察してもらいました。見て、驚いて、感動して、これをきっかけに病理に興味を持ってもらえたらいいなと思っています。
―子どもたちも楽しそうでしたね。
そうですか、ありがとうございます。私は子どもを楽しませることが好きで、昔から町内会のお祭りの世話係などやっていましたので得意かもしれません(笑)。タバコの炭粉が肺の空気を入れる部屋の壁を壊していくというお話をしました。書いてもらった子どもさんのメッセージに「お父さん、たばこはやめようね」というのがあるのを見て、「お話ししてよかったなあ」と思いましたね。
病理医はお医者さんのお医者さん
―お医者さんのお医者さんとはどういう意味ですか。
内科や外科などの臨床医は、「具合が悪い」と言って来られる患者さんのお話を聞きます。一方、病理医は患者さんとは会いませんが、病気の一部分を取ったものを顕微鏡で見て診断し、「患者さんの病気は何なのか」という臨床医からの問いかけに対して答えを出すのが役割です。実はいろいろな病気、特に腫瘍は病理なくしては診断できません。最終的な結論を出しているのは病理医なのです。
―例えば、「こぶのようなものが気になる」と言ってこられた患者さんには。
調べたほうがいいだろうと担当医が判断すると、外科で一部分を取り出します。病理に届いたら顕微鏡で見て、良性か悪性かを判断します。残念なことに悪性腫瘍だと分かれば、手術など次の治療へ進み、取り出したものをさらに顕微鏡で見て、手術が適切に行われたか、確実に取り切れているかなどを判断し、時にはどういった薬が効くのかまで結論づけます。臨床医はそれを基にして、さらに治療を進めます。
―担当の先生が診断しておられると思っていました。
そうでしょうね、病理医は縁の下の力持ち。私は病理学会発信委員会委員長を務めていますので、広く知ってもらいたいとホームページや動画を作成して、イベントなどにも積極的に参加しています。
臨床のために無くてはならない病理医を目指す
―先生がお医者さんを目指したきっかけは。
ブラックジャックに憧れて医者を目指していたのですが、中学校で遊び過ぎてとてもそんなレベルではなく、どうしようかと考えていた中3の時、けがをして入院中にたまたま柳田國男の『ガン回廊の朝(あした)』を読みました。国立がんセンター開設時の苦労の歴史を医者の立場から書いているもので、ものすごく感銘を受け「医者にならなくては!」と思い直し、俄然勉強を始めました。ブラックジャックに続き我が人生を変えた先生です(笑)。
―学生のころから病理医を目指しておられたのですか。
外科医になると宣言し、「優秀な外科医になるには病理を理解しておく必要がある」と学生時代から病理学教室に通い勉強を始めまた。ところが予想以上におもしろくて、当時の外科の准教授に「病理医になることにしました」と話したところ、笑いながら「裏切り者!しかし病理医なら許す」と。病理は外科にとって無くてはならない存在ですから「将来よろしく!」と言っていただきました。
―免疫組織診断学を専門に選ばれたのは。
香港に留学した時に世界的権威がおられ、素晴らしいなと思ったのがきっかけです。すごい知識量で、診断、研究、執筆、人材育成など全てをこなす先生でした。私の人生に大きな影響を与えた先生の一人です。
専門家が力を合わせ、大学病院としての役目を果たす
―北海道大学から神戸大学へ来られたきっかけは。
小学生のころ宝塚に住んでいたことがあり、神戸大学には親しみがありましたし、西塚泰美先生の下、レベルの高い研究をしている大学として憧れもありました。そして、北大で病理診断学の理想を実現するには教授になるしかないと考え始めたころお話を頂き、即決してやって来ました。
―病理部で日々心掛けておられることは。
病理は体の全てに関わる「最後の総合医」と言われています。全体を見ることはできますが一人ひとりの力には限界があり、それぞれに得意分野をもっています。神戸大の病理医は血液系腫瘍、肺腫瘍、腎臓の病気など専門家が集まって全体として高度な病理診断ができる体制を整えようと努めています。病理医は人数が不足し、全国でも2千人ほどしかいないと言われ、大病院ですら病理医がいないケースが多いのが現状です。幸い、神戸大の病理は全国から志望者が集まり、毎年研修医も来てくれています。大学ですから研究や情報発信、国際協力なども大きな役目です。
―新しい試みも始めておられますね。
神戸大が取り組んでいるのがネットワーク化です。病理医はせいぜい一病院に一人。診断を下すにはどうしても不安があります。そこでデジタルパソロジーを活用し、コンピューターに取り込んだものを遠隔から見ながら大学病院の専門医が診断に加われる様、取り組んでいます。現状では兵庫県内の病院とのつながりですが、デジタルパソロジーはどことでもつながれますから、全国的に広げていくことが可能です。医療機器として認められ、始まったばかりのデジタルパソロジーを無理のない程度に取り入れ、顕微鏡と併用しながら、神戸大がリードしていきたいと考えています。
―神戸大の環境はいかがですか。
北海道から初めて来た時、まず思ったのは、「どこでジンギスカンするんだ?」(笑)。横のつながりが取りやすいとてもいい環境なのですが、敷地に余裕がないのは大きな問題ですね。例えば高速神戸駅から地下通路でつながり、魅力的なお店が並び、病院内は診療に特化するのではなく、患者さんの憩いになるような場所、太陽の光を浴びながら息抜きできる場所ができたらいいんですが…。敷地が狭い上に規制もあり、今後の大きな課題ですね。
―お忙しい先生ですが、ご自身の息抜きや健康法は。
仕事柄、食生活が不規則になるのは致し方なく、なるべく歩くようにしています。気候が良くなったら山に登ったり、カメラを持って出かけたり。病理医は顕微鏡をのぞく作業が関係しているのかカメラが趣味の人が結構いるんですよ。私は飛ぶものが好きで鳥や飛行機の写真を撮っています。でもなかなか時間がなくて…。
―ぜひご自身の体にも気を付けて、全国の病理学をリードしていってください。期待しています。
伊藤 智雄(いとう ともお)
平成4年北海道大学卒、現神戸大学医学部附属病院病理部病理診断科教授。病理医として市民への情報発信に務め、2016,2017年の2年にわたり、大規模医学展「HANSHIN健康メッセ」で親子へ顕微鏡観察の楽しさを紹介。大きな話題を集める。神戸大学病院広報委員長も務め、市民へのわかりやすい医学情報の発信を続けている。