2018年
1月号

多彩な暮らしが、すぐそばに:神戸“山の手”の暮らしを語る ②

カテゴリ:住環境, 神戸

普段着のインターナショナル性が神戸の魅力

神戸へやって来た理由

 私の祖父は100年余り前に日本にやってきました。私は3代目華僑です。小学校高学年になった頃、自分が中国人だという意識が芽生え、父に「何故、中国人の私たちが日本に住んでいるの?」と聞いたことがあります。清朝末期、孫文と共に政治活動に加わっていた祖父は政治犯として清朝政府に追われ、日本の仙台に逃れ横浜に移り住みました。その後、関東大震災で焼け出されて神戸へ。翌年の大正13年に父が生まれたという自分たちのルーツを聞かされました。そしてその時、父から聞いた「中国人で誰一人喜んで家族や故郷を捨てて来た人はいないよ!」の一言が今も心の中に残っています。

昔は願った「落葉帰根」
今の私たちは「落地生根」 

 戦争に負けた清朝政府は、多額の戦費と賠償金の支払いのため、重税を国民に課しました。生活を圧迫され、窮乏化した多くの国民は、貧民・流民・失業者となって全国にあふれました。この様な背景が、押し出す力となって多くの中国人が家族や故郷を離れ、海を渡って行きました。貧しくて食うに食えず、出稼ぎに来た人たちでした。他国の地を仮の住家として、いつかは家族のもと、故郷へ帰ることを願って懸命に働きました。不幸にして他国で死んでも、屍と魂は家族の元へ帰りたいと願っていました。「落葉帰根」の考えです。昔は、亡くなっても火葬せず、死者を棺に納めて船で故郷へ送り届けていました。
 今では世代を重ね、6世、7世が誕生しています。私たちの世代になると、家族も友人も生活の糧も、全てが日本にあります。今更、中国へ帰るという思いはもっていません。根を下ろした先でしっかり地域貢献をする「落地生根」の考えです。私は日本、中でも神戸が大好きです。たとえ屍になろうともこの地を離れることはないと思います。

華僑の教育は華僑が責任を持つ

 私は、南京町で生まれ育ちました。周りの友達も華僑の子弟が多く、神戸華僑幼稚園、神戸中華同文学校へ通うことはごく当たり前のことでした。学校がある中山手通付近には、栄光教会、回教寺院、関帝廟など様々な宗教が混在しています。物心ついた時から見ていましたから、特に違和感をもつこともなく、その中で自分たちが関帝廟へ行くこともごく普通のことでした。
 儒教の精神からきていると思いますが、神戸中華同文学校は非常に厳しい学校です。先生が生徒に遠慮するような雰囲気は全くなく、私の頃には、悪いことやいたずらをしたら先生によく叱られました。当然、家でもそうです。華僑の教育は先輩華僑が責任を持つという親心のようなものでしょう。学校に対する華僑の目もありますから、熱心にならざるを得ないということもあります。教育方針は「勉強よりも、まず掃除」。自分のことは後にしてでも、皆のためになることを共同でやれということだと思います。

市街地の文教・住宅地区として人気

 神戸中華同文学校は小・中が一緒に勉強し遊びますから、上級生が下級生の面倒を見る校風が育ちます。家族や兄弟のような関係が築かれていました。以前、私はPTAにあたる家長会会長を務めましたが、先生方に「悪いことをした時には、大いに叱ってもらっても結構です」とお話ししました。
 最近では日本人や欧米人の子弟の入学希望者が増えているのも、そんな教育方針に魅力を感じているからかも知れませんね。
 また、このエリアは神戸の山手に位置し、とくに相楽園の周辺には緑も多く、環境も整っています。市街地の文教・住宅地区として人気が高まっています。

華僑にしかできない地域貢献を

 神戸には数多くの外国人が住んでいます。関西弁を喋る欧米人も少なからずいて、それが不自然なく受け入れられています。町を歩いていても誰も外国人だからと言う理由で振り向いたりはしません。数多くの宗教や教育・文化がごく自然に大切にされています。普段着のインターナショナル性が神戸の魅力と言えるでしょう。
 近年のグローバル化の中で生き抜くために必要なことは「埋もれてしまわない」ということです。自分らしさを大切にすること。私は日本国の1億3千万分の1人ではあっても、華僑であるという誇りを失うことはありません。例えば日中の架け橋になるというような、華僑にしかできない地域貢献をしたいと思っています。

自然に受け入れて認めてくれる〝神戸っ子〟の寛容さ 

 廣記商行という企業についても、中華に特化した品揃えとサービスだからこそ存在価値があると経営者として思っています。
 決して主張し合うということではなく、互いを理解し合い、認め合うということです。中華料理に例えると、神戸開港以来151年という長い歴史の中で、神戸においては日本風にならず、基本を崩さない味やスタイルが埋もれることなく残っています。他の国の料理でも同じです。本国の人が食べに来てもうなずける料理です。それらが残っているということが、外国から来た多くのものや人を受け入れ理解し、認めてくれている〝神戸っ子〟たちの寛容さを物語っていると思います。

神戸中華同文学校建校100周年記念の碑
(神戸市中央区中山手通)


中山手通にある関帝廟。神戸華僑の心の拠りどころとなっている


招福や厄除けの象徴として祭事に欠かせない獅子舞
神戸南京町春節祭にて


南京町広場にあるあづまや。
祭事には祭壇がしつらえられる


全長47メートルの金龍「龍龍(ロンロン)」が躍動する
神戸南京町春節祭


近年は日本人にも人気が高い神戸中華同文学校(神戸市中央区中山手通)


昭和8年(1933)頃の南京町の賑わい


昭和8年(1933)頃の南京町の賑わい

鮑 悦初(Bao Yue Chu)

株式会社 廣記商行 代表取締役会長
1952年神戸市生まれ。大学卒業後、廣記商行に入社。1990年、同社の代表取締役に就任。1997年、貿易会社株式会社パンオーシャンを設立、代表取締役に就任。2002年〜2006年、兵庫県広東同郷会会長を務める。2006年〜2015年まで神戸華僑総会会長を務めた

〈2018年1月号〉
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