2013年
2月号
「出会い・別れ・そして懐しさ」(2010年)

神戸鉄人伝(こうべくろがねびとでん) 神戸の芸術・文化人編 第37回

カテゴリ:文化・芸術・音楽

剪画・文
とみさわかよの

創作紙工芸作家・兵庫県婦人手工芸協会会長
正井 公華さん

箱の中を覗くと、そこはパリの駅。列車が到着し、駅舎に人がひしめき、まるで動いているかのよう。幾重にも重なった紙が、奥行きと立体感を醸し出す不思議な世界―それがシャドーボックスです。正井公華さんは、この手法に独自の工夫を重ね、「世界で類を見ないシャドーボックス作家」との評価を受け、作品はドイツの美術館にも収蔵されています。神戸を中心にたくさんの生徒を持つ正井さんは、真似事で終わらずオリジナルの作品を制作するよう指導しているそうです。「優れた技術は盗られるもの。さらに技を高めるのが代表者の務め」ときっぱり言ってのける、創作シャドーボックスの“棟梁”正井さんに、お話をうかがいました。

―シャドーボックス制作を始められたのは?
もう35年も前になりますか、ニューヨークで初めてシャドーボックスの作品を見て、すごい!と思ったのが始まりです。その時見たのはパン屋さんや玩具屋さんといったシャドーボックスの定番作品でしたが、それでもびっくりしましたね。帰国後に先生について習いだしたんですが、まだその頃は続けるつもりなんか、まるでありませんでした。
―それが一生の仕事になってしまったのはなぜですか?
基本を身に付けて、しばらくすると満足できなくなってきたんですね。平面的でいいなら普通の絵と一緒、シャドーボックスに仕立てる必要ないんじゃないの?と疑問が湧いて。他とは違うものを創ろうと、高価なシートを何枚も買って、自分でいろいろ工夫して、何回も失敗して…。独自の技術を3年くらいかけて、やっと自分のものにしました。そうやって創ったものを見た人から、「教えて!」と言われて自信をつけ、今日までやってくることができたんです。私の作品も年々変わっていきますが、それが勉強だと思っています。
―手工芸はお手本の模倣から始まりますが、オリジナル性を大事にとおっしゃっていますね。
手芸はひとまず材料と道具が揃っていれば、誰でも一定の作品は作れるものですが、そこで終わらず自分独自の作品を創りなさい、といつも生徒に言っています。生徒全員が先生と同じ作品を展示している教室もありますけど、私の教室ではシートを柿渋で染めて、箱もマットも自分で作っているんですよ。だから同じシートを使っても五人五色、十人十色になる。芸術作品と呼んでいいかはわかりませんが、そういう方向に引っ張っています。
―絵柄がプリントされたシートは、どのようにして入手するのですか?
もともとシャドーボックスは、オランダが発祥の地。作品のもとになるシートは、今では日本でも販売されていますが、ヨーロッパの方がはるかに多くの種類があります。だからドイツやフランスへ買付けに行くんですが、田舎町の方が素敵な絵柄があったりするので、ツアーではなく自分で旅を組み立てて出掛けます。シート探しから、制作は始まっているんですよ。面白いことに歌舞伎の絵なんかは、日本よりドイツのものの方がよくできていたりします。最近は和風なテーマを創りたい生徒が増えているんですが、日本人の我々が創るならヨーロッパのシートそのままではなくて、そこに日本女性らしさ、「しな」を加味して創って欲しいですね。
―ところで、子供の頃からお裁縫や手芸が得意だったのですか?
それが不器用で、子供の頃は工作が大嫌いだったんですよ。色合わせやデザインは好きでしたが、細かいことが嫌でボタン付けもしたくなくて。母がよく「この子は飽き症で、わがままで…」と言ったものでした。私がここまで来たのは器用だからではなくて、自分の感覚で突き進んだ結果という気がします。
―独自に磨いた技も、発表すれば真似られてしまうのでは?
展示は、開発した技術を公開することでもあります。腕に覚えのある人は、他人の技を盗んで自分の作品に取り入れますから、思わぬところで私の作品を模したものに出会うこともしばしば。でも盗られたら、次の段階を目指すのが私の仕事と思っています。次はどんな“目玉”を創って驚かせようか、どうやって見る人に楽しんでもらおうか…と、展覧会の度に違う方向で工夫してるんですよ。でも考えてみれば、不器用と言われた私が紙工芸作家になって、技を追求しているなんて、本当に人生はわかりません。
―最後に、シャドーボックス創作の醍醐味を教えてください。
ドイツのリューベックの美術館の人が「デコパージュは知っているが、先生のような作品は始めてです」と驚いていました。デコパージュは3枚くらいの紙を重ねて貼って、ニスを何回も塗ってテカリを出すけど、シャドーボックスは5~6枚の紙を使ってニスも塗らない。シートをどう切るか、考えに考えて切って貼っていく、実に手の込んだ手法なんです。ヨーロッパの手法も、日本人の手にかかると繊細さ・緻密さが増すとはよく言われますけど、私は紙も染めていますから色合いも渋くシックな作品になります。私にしか作れない作品だと言ってもらえるのは、とても嬉しいですね。

(2012年12月17日取材)

「ガラス工芸も手掛けていますが、やはりお手本通りではなく、オリジナル作品です」と正井さん。「紙工芸との共通点は“カット”。自分でデザインして、ガラスに貼り付けたテープをカットして、サンドブラスト(砂を吹きつけてガラスを削る手法)で制作します」

「出会い・別れ・そして懐しさ」(2010年)


「和文化・歌舞伎」(2011年)

とみさわ かよの

神戸市出身・在住。剪画作家。石田良介日本剪画協会会長に師事。
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。
日本剪画協会会員・認定講師。神戸芸術文化会議会員。

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