2017年
10月号

連載 神戸秘話 ⑩ 安東聖空の流れを汲む神戸のかな書家たち

カテゴリ:建築, 文化人

文・瀬戸本 淳 (建築家)

前回紹介したかな書道のパイオニア、安東聖空は、書家としてはもちろん、教育者としても立派だった。ゆえに数多くの弟子がその益を受けたが、そのそれぞれがまた後進の育成に努めたため、安東を源流にさまざまな系譜へと発展している。
安東の一番弟子とも言える存在が桑田笹舟(ささふね)(1900~1989)だ。福山の生まれだが、教員として赴任した神戸で安東と出会い、かな書の美に目覚めて師事。古筆研究家の田中親美の教えを請うなど古筆の研究に熱心で、作品の実践のみならず理論にも心を砕き、自らの書学を確立した。やがて教員を退いて書の道へ邁進、戦後は安東とともに日本のかな書道界を牽引し日本芸術院賞など数々の賞を受賞、皇太子妃だった美智子さまの御進講も担った。師と同じく師弟の育成に熱心で、安東とともに後述の正筆会を立ち上げただけでなく、一楽書芸院を設立し書道笹波会へと発展。桑田のもとからは実子の桑田三舟(1927~2010)のほか、深山龍洞(1903~1980)、池内艸舟(そうしゅう)(1914~1993)など多くの弟子が巣立ち、それぞれがまた流れを生み出した。
中でも現在勢いを感じるのは、深山龍洞の一東書道会だ。深山もまた神戸を拠点に活動、かな文字に漢字の力強さを採り入れ、優美さの中に豪放さがある作品を多く手がけた。深山の弟子にして現在の一東書道会の会長で「かな文化」のユネスコ無形文化遺産登録も目指しているのは井茂圭洞(1936~)。その全国的な活躍ぶりはもはや説明の必要があるまい。兵庫県では漢字も含めて、かな書での芸術院の会員は、安東と彼のみだそうだ。さらに園部琴城、そして私の友人でもある深瀬裕之へと結びつく。
池内艸舟もまた神戸を拠点に書の道を歩み、その薫陶を受けた山口南艸(なんそう)(1931~2004)が草心会を創始した。山口はもともと晋唐の漢字を基盤にしていたが、池内との出会いからかな書に心を寄せ、大字かなの先駆者として活躍した。草心会は師から受け継いだ「艸」=草から、雑草の如き強い精神力で書の研究をという思いで名付けたそうで、現在は理事長の坂本千秋らが活躍している。
さて、正筆会の流れをみると、その会長を安東聖空から受け継いだのは西谷卯木(うぼく)(1904~1978)だ。神戸の生まれで16歳の頃に安東に師事、やがて師と入れ替わるように第一神戸高等女学校の教師となり、戦後もそのまま神戸高校の教壇に立った。ゆえに正筆会に県一や神戸高校関係者が多い。平安時代の名筆研究にとどまらず、本阿弥光悦や良寛など書の世界を広げ、生田の森に石碑がある。正筆会は現在、西谷の愛弟子の黒田賢一が牽引し、大きく発展している。
さらに安東聖空の弟子の榎倉香邨(1923~)から岩永栖邨と続く書道香瓔会も、30年以上のすばらしい歴史がある。
以上、神戸のかな書道の流れをざっと紹介したが、門外漢ゆえ不十分なのと、他にも使命に燃えて活動されている書家の先生方をご紹介できなかった事をご容赦願いたい。
感謝と感謝の心で結びついた真の師弟の繋がりが連綿とある中で、神戸の地から安東聖空の発した、まあるい喜びの波紋が、今も大きく無限に広がっている。

※敬称略
※神戸高校同窓誌『鵬友』、筑摩書房『現代書道教室 安東聖空』『現代書道教室 桑田笹舟』、実業之日本社『入門書道全集かな』、神戸市立博物館ホームページ、ふくやま書道美術館ホームページ、兵庫県芸術文化協会ホームページ、一東書道会ホームページ、書道草心会ホームページ、書道香瓔会ホームページなどを参考にしました。

瀬戸本 淳(せともと じゅん)

株式会社瀬戸本淳建築研究室 代表取締役
1947年、神戸生まれ。一級建築士・APECアーキテクト。神戸大学工学部建築学科卒業後、1977年に瀬戸本淳建築研究室を開設。以来、住まいを中心に、世良美術館・月光園鴻朧館など、様々な建築を手がけている。神戸市建築文化賞、兵庫県さわやか街づくり賞、神戸市文化活動功労賞、兵庫県まちづくり功労表彰、姫路市都市景観賞、西宮市都市景観賞、国土交通大臣表彰などを受賞

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