2月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第四十六回
医療分野のビッグデータ利活用
~個人医療情報が狙われている?
─ビッグデータは医療分野でも活用されるのでしょうか
杉町 ビッグデータの利活用は、安倍政権において成長戦略の要とされ、総務省が推進しています。これまで処理できなかった膨大な情報、いわゆるビッグデータが、コンピューターシステムの開発により解析が可能になり、すでに購買記録や乗車履歴などが利用されているのはご存じだと思いますが、医療分野でもビッグデータの利活用をおこなうデータヘルス計画が行われようとしています。
─データヘルス計画とは何ですか。
杉町 医療ビッグデータを利用して病気の解明や治療、医療費の抑制に役立てようとするもので、日本再興戦略会議の閣議決定により、平成27年度より3か年で行うこととなりました。その基になるのが、ナショナルデータベースという国の保有する膨大な情報です。これまでみなさんに受けていただいた特定健診のデータや、我々が毎月オンラインで支払基金などに送っているレセプトデータが基となっています。
─データヘルス計画の問題点を教えてください。
杉町 目的には異論はありません。しかし、特定健診結果や個人の病歴であるレセプトデータは非常に機微なものです。住所や電話番号と異なり、病歴は一生変えることができません。一度漏えいすると取り返しがつきませんので、絶対に漏れないようにしないといけません。
─そのためにはどのような対策がされているのでしょうか。
杉町 公開時には秘匿化といって、個人がわからないように処理されることになっています。しかし、遺伝性疾患や難病などの希少疾患では、個人が同定されないとは限りませんので、他の情報と紐づけできないようにする必要があります。このように、医療情報はとても秘匿性の高い情報なのですが、国はそうは考えていないようです。平成26年6月の「パーソナルデータの利活用に関する制度改正大綱」では、機微情報について“社会的差別の原因となるおそれがある人種、信条、社会的身分及び前科・前歴等に関する情報”とされ、「医療情報」は入っていないのです。
─医療情報の漏えいについて罰則はあるのでしょうか。
杉町 医師・看護師等が、医療情報を含む患者の秘密情報を漏示した場合には、刑法や保助看法により罰することも可能ですが、例えばICT事業者に勤務する者が故意に患者の病歴やカルテなどを漏示しても、秘密を漏示したこと自体では一切罰せられないという状況が続いています。秘匿化作業は一般の事業者が行うと思われ、この段階での漏えいが危惧されます。事実、アメリカでは医療情報が高額で取引されており、個人医療情報は常に狙われ、漏えいが絶えず社会問題化しています。また、日本では遺伝子情報が野放しの状態です。総務省は、現在の法規制ではDNA(遺伝子情報)は個人情報に当たらないとしています。そのため、医療以外の企業が遺伝子ビジネスに参入しています。前述のとおり、アメリカでは遺伝子情報を収集し売却するために、安易なキャッチフレーズと安価な価格で集客するビジネスが横行しています。遺伝子情報を知りたい場合は、十分に信頼のできるところでの検査をおすすめします。その情報は本人のみならず、家族や親族、そして子孫にも影響する可能性を十分に考慮してください。情報が漏えいした場合は大変なことになるのです。
─マイナンバー制度と関連はあるのでしょうか。
杉町 本年10月より、社会保障・税番号制度(マイナンバー制度)が始まります。本来、医療とは無関係な制度ですが、個人番号カードと被保険者証を一体化させる案があります。医療保険番号は転職、あるいは高齢者保険への加入など何度か変わりますので、一個人をずっと追いかけるには不向きです。一方、マイナンバーは原則的に変わることはありませんので、患者情報を継続して集めるには最適なのです。しかし、個人番号を医療現場で利用すると、住所などと同じように簡単に医療情報が漏えいしてしまう危険があります。しかも一生変わらないので、生まれてからの病歴がすぐにわかってしまい、隠すことができません。そのほかにも危惧される点は多々あり、日本医師会は平成26年11月に、日本歯科医師会、日本薬剤師会とともに、個人番号カードと被保険者証の一体化に反対の声明を出しています。みなさまにとりましても重要な話題ですので、是非、日本医師会のホームページでご一読いただけたらと思います。
日本医師会ホームページ
http://www.med.or.jp/
杉町 正光 先生
兵庫県医師会理事/杉町医院 副院長