2015年
2月号
北尾重政筆 天神像

第十二回 兵庫ゆかりの伝説浮世絵

カテゴリ:文化・芸術・音楽



中右 瑛

各地に伝わる天神縁起

 兵庫県内の山陽路には天神様の宮社が多い。須磨の綱敷天満宮、明石人丸前の休天神社、浜の宮天満宮、曽根天満宮、大塩天満宮、飾磨の津田天満宮…など、数え上げたらきりがないほどである。
 平安の昔、右大臣・菅原道真が政争に敗れ九州大宰府に流されたとき、途次、この地を渡った。清廉潔白、学問好きの道真公を、のちの人たちは学問の天神様として崇め祀ったのである。入試合格祈願などに霊験あらたかだという。各神社には天神伝説が数多く伝わっている。
 宇多天皇の御代(在位887~897)、天下は藤原一族の全盛期、藤原一門でない者は出世もおぼつかないご時世。なのに道真公はその英知英才でもって右大臣にまで昇進した。公は承和十二年(八四五)六月二十五日、京都菅原院にて誕生、幼名を阿呼といった。先祖は相撲の始祖で名高い野見宿弥で、その十四代・古人から菅原姓を名乗り始めた。祖父は十五代・清公、父は是善、いずれも学問に秀でた人物だった。
 公もその流れを汲み、九歳のときには、日本はいうに及ばず、中国の学問を深く修めていたほど。帝も公の英才を高く認め、早くから公を重職に取り立て、最高職の正三位右大臣に起用されたのは五十六歳のときだった。
 破格な出世ぶりを心よく思わぬ者がいた。左大臣・藤原時平である。時平の悪だくみにより、公は思わぬ苦渋をなめさせられるはめに陥った。時平の讒言により、公はあらぬ罪をきせられたのだ。ときの帝でまだ幼き醍醐天皇は
「道真を右大臣の位を免じ、太宰権師に任ず」
と命じた。公は遂に遠く九州にまで左遷させられてしまったのである。帝の命には背かれず、冤罪を晴らすことも叶わず、九州に旅立たねばならなかった。
 昨日まで天下人が、今日ははかなくも都落ちとは、誰が想像できたであろう。紅梅殿の梅は、公が丹精込めて手入れしたもので、旅立ちは何となく気のこり、そんな気持ちを歌に残した。

   こちふかば においおこせよ梅の花
     あるじなしとて 春を忘れな

 公は京を発ち、苦しい長い旅についたのである。

 瀬戸内海は舟で渡った。須磨の浦では暴風に遭い、海辺の漁舎に避難、漁人の計らいで綱で円座を作ってもらい、そこで風が止むまで座し、身を休めた(綱敷天満宮由来)。
 明石の裏にて船酔い気味の公は、一休みのため上陸。出迎えた里の長は、落ち行く哀れな公の姿にそっと涙を拭った。それを見た公は「駅長、悲しむことなかれ、一栄一落はこれ春秋のたとへ、また花の咲くこともあろう」と詠じた。いまも「菅公腰かけの石」が残る。後世の人びとはここに小さな社を建て、これを休天神と名付けた(休天神由来)。
 高砂近くに来たとき、伊保港に舟を寄せ、公は曽根の日笠山に登り播磨灘の風光を請ぜられた。その際、「わが罪なくば栄よ!」と祈念して、「曽根の霊松」を植え、その名を残す(曽根天満宮由来)。
 飾磨の船場川の河口付近の入江でしばし休み、これからの行き先に思案にくれた。今は「思案橋」の名がのこり、菅公小憩伝説地として歌碑が建つ。
 また、梅をこよなく愛した公を追って、大宰府にまで飛来し、各地に飛梅、飛松の伝説が残る(神戸市須磨区飛松町、地名由来)。
 あるときは舟を枕に、あるときは貧しい里人の舎に身を寄せ、板囲いの宿で一夜を過ごすこともしばしば(神戸市須磨区板宿、地名由来)。苦難を重ねた旅路だった。
 大宰府の公は、侘しい毎日だった。
「懐かしの都に早く帰りたい」
 帰還を夢見る毎日だったが叶わず、大宰府に来て二年目、延喜三年(903)二月二十五日、無念にも薨った。享年五十九歳。
 ところが公の没後、都で天災、災害が多発した。わけても落雷が多く、藤原一族に厄災がふりかかった。公の怨霊の祟りだと、誰かれとなく囁き始めた。
 帝は道真の霊を鎮めるために、京都北野に神社を建てた。雷はピタリと止んで、以来、各地で公を祀る天神社が建てられたのである。

北尾重政筆 天神像

中右瑛(なかう・えい)

抽象画家。浮世絵・夢二エッセイスト。
1934年生まれ、神戸市在住。
行動美術展において奨励賞、新人賞、会友賞、行動美術賞受賞。浮世絵内山賞、半どん現代美術賞、兵庫県文化賞、神戸市文化賞、地域文化功労者文部科学大臣表彰など受賞。現在、行動美術協会会員、国際浮世絵学会常任理事。著書多数。

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