3月号
<対談>「酒飲みと一冊の本」|特集 酒徒と出会う神戸
野村 恒彦さん <古書うみねこ堂書林店主>
福岡 宏泰さん <海文堂書店元店長>
2013年9月に惜しまれながら閉店した海文堂書店の元店長・福岡宏泰さんと、探偵小説研究家であり古書店主の野村恒彦さんに
<酒飲み対談>をお願いしました。酒蔵、バー、港の酒場など酒の似合う街・神戸と、酒好きにおすすめする本とは。
書店員と客として出会った二人
―お二人の出会いは。
福岡 元町高架下に以前、「皓露(こうろ)書林」という古書店がありまして、そこの店主・金井一義さん(故人)の紹介でした。私が当時、海文堂のお客さんと一緒に書評誌を作っておりまして、それを見て来られたんです。
野村 私は当時公務員だったのですが、海文堂にはほぼ毎日行っていましたね。
福岡 店にあった野村さんのお取り置き用棚は、空っぽになることはまずありませんでした(笑)。海文堂では店員一人一人が棚を受け持っていたのですが、お客さんからのアドバイスで分類や入荷をしたりもしていました、店員の守備範囲も限られていますからね。ミステリーの棚は野村さんのアドバイスを受けていましたよね。
野村 海文堂の棚はおもしろかったですね。
―海文堂がなくなると聞かれたときは。
野村 ちょうどそのころ私は、仕事を辞めて古書店をオープンしようとしていたんです。場所は南京町の近くで、海文堂にも近くて。退職の時期をやっと決めて、報告のために福岡さんに会いに海文堂に行ったら、そこに神戸新聞の平松正子さんがおられた。
福岡 平松さんは海文堂閉店の知らせを別の部署から聞いて、急いで連絡をくれたんです。だからあのときは神戸新聞の取材を受けてたとき(笑)。
野村 もうびっくりしてしまって。もうね…ただただ寂しい限りです。もちろん便利が悪くなるということもありますが、新刊情報を含む「本のはなし」が気軽にできる場が近くになくなってしまうというのは、余りにも無情です。
福岡 海文堂の同僚の一人、平野義昌さんが昨年7月に、海文堂の記憶と記録をまとめた『海の本屋のはなし』(苦楽堂)を出版しました。平野さんは現在、くとうてんから出版されている雑誌『ほんまに』の編集協力をされていて、こちらも人気です。私の方は今、マンションの管理員をしていまして、ときどき新刊書店や古書店に行くのが楽しみ。インターネットもやりませんから、まったくの「昭和」レベルの生活です(笑)。
古本の魅力
―現在、野村さんは古書店「うみねこ堂書林」を経営されていますが、古本の魅力とは。
野村 やはり、現在の新刊書にはない、味わいがあるものが多いことです。それから、「映画は見逃しても次のチャンスはある。でも古本は、そこで買わなかったら二度とお目にかかれない」という言葉を聞いたことがあります。
福岡 なるほど。チャンスは一度だけ、次に行ったらもうない。
野村 私の古書店通いは高校1年の頃からですけど、古本というのは、目的の本を探すまでの道のりも醍醐味の一つですよね。今は、インターネットで新刊でも古書でもピンポイントで探して購入できるでしょう。でも古本は、購入までにいろいろな道のりがあって、オッこんな本もあんねや、と思うと買ってしまったり、目的の本を買うまでにいろんな本を買ってましたよ。それもまた楽しかった。
福岡 それはリアルの書店でないと見つからない醍醐味やね。私は逆に、海文堂、つまり新刊書店の店員になってから古書店をまわるようになったんです。小林信彦の『東京のロビンソン・クルーソー』という絶版本を探していて、どうしても読みたくて古本を探したのがきっかけ。
―海文堂には古本コーナーもありましたね。
福岡 2010年から、2階に「元町・古書波止場」というコーナーを設けました。新刊書店に併設している古書店は珍しかったでしょうね。ちんき堂さんや、トンカ書店さんの古書を預かったり、お客さん個人から預かった古書の棚もありました。
野村 だからこそ、海文堂にしかない古本があった。
福岡 古書好きの個人が、選び抜いた古本を置いていましたからね。
神戸の酒
―さてお二人は酒飲み友達でもあって。
野村 実は、私の父親は酒造会社につとめていて、自身も酒が好きで酒癖が悪いところがあったんです。だから息子としては反面教師で、若い頃はあまり酒を飲みませんでした。飲み始めたのはミステリー愛好会の二次会で、就職してからでした。みんなで集まってミステリーの話をするんだけど、酒なしってわけにはいきませんからね。
福岡 そうなんや。私は反対に、父親が下戸だったから自分は早く酒が飲みたくて、大学入学と同時に覚えたんです。
野村 福岡さんとは酒が取り持つ縁ではなく、最初は本が取り持った縁でした。現在の私の交友関係でも、本が最初で、その後に酒、音楽、映画等々の共通の趣味で仲が深くなっていく人が多いですね。
福岡 野村さんとは本当に縁が深くて、カミさんと同じぐらい…いや、カミさんの方がちょっとだけ長い(笑)。30代の頃、クリスマスイブに岡山の万歩書店という名物古書店を男2人でめぐったという思い出もあります(笑)。でも飲み会は多かったですね。今の書店さんはみんな夜遅くまでやっているけれど、海文堂は19時閉店でしたから、それから飲みに行けたんですよね、他店の書店員さんも参加することもあった。
―神戸は酒が似合う町だといわれますが、いかがですか。
野村 父親が酒会社に勤めていた関係で、知識は古いですが灘の酒についてはある程度知っています。ただ神戸の場合はどちらか言えば洋酒でしょうね。神戸の特徴に“路地”があると思うのですが、路地裏にポツンとある小さな酒場で洋酒のオンザロックを飲んでいるというのが、「神戸と酒」のイメージです。酒場というのは入口に小さい灯りだけがついているのが望ましいですね。
福岡 昔は外国への玄関口でしたから、港あたりはけっこう怪しげだったと思いますよ。南京町にある外人バーなんかね、路地に入るとヤバイ雰囲気を覚えています(笑)。海文堂が元町にあったから、やはり界隈でよく飲みました。居酒屋の松屋、赤松酒店、バーAbuはち、それからもうなくなってしまったけれど、コウベハイボール、五拾歩百歩…。
野村 飲み屋は人に連れて行ってもらうばかりなのですが、最近よく行くお店といえば、三宮にあるたこぜん、ゑん屋です。
福岡 南京町にある赤松酒店では、書店員が集まって本や書店を語ったり飲んだりする「明日の本屋をテキトーに考える会」(笑)第一回を開催しました。今でも時々集まっています。
酒好きの男におすすめの本
―お酒を飲みながら本は読まれますか?
福岡 今は、いしいひさいちを読みながら一杯やるのが楽しみ(笑)。
野村 私は飲みながら本は読みませんねえ。本を読む時はやはり珈琲でしょうか。
―酒飲みにおすすめの本を教えていただきましょう。
福岡 やはり、切り絵作家の成田一徹さん(故人)の作品でしょうか。海文堂でも何度もフェアをやらせていただきました。成田さんが最初に出された『酒場の絵本』がおすすめです。こちらは絶版本なので古書店で探してください。
野村 それはなかなか古書店に出回らないんじゃないかな(笑)。私のおすすめは、ローレンス・ブロックの『八百万の死にざま』(ハヤカワ・ミステリ文庫)ですね。結末では泣きますよ。
福岡 あとは、中島らもの『今夜、すべてのバーで』。2011年に『ほんまに』13号(特集・中島らもの書棚)の取材でお家に伺って、らもさんの奥さんにお会いしたのは思い出に残っています。本屋なんか儲かる商売ではないけど、なんでそんな商売をしていたのかといえば、そういう嬉しい出会いがあるからなんですよね。
野村 本が売れない時代っていわれて、大変だと思いますよ。僕の古書店経営も、一言で言えば「厳しい」です。でも、本がまわりにあるという環境であるということと、お客さんは本が好きな人なので、本の話できるのは極楽ですね。
福岡 野村さんのうみねこ堂書林はじめ、やまだ書店、トンカ書店、おひさまゆうびん舎など、神戸周辺にはまだまだ良い古書店があります。新刊書店さんも、古書店さんも、リアルな本屋さんには、がんばってほしい。私なんか閉店してしまって安全地帯にいながらこう言うのも無責任かもしれないけど、店員さんたちには本当に踏ん張ってほしいと思う。
―では最後に、同年代の男たちにおすすめする一冊を!
福岡 山田風太郎の作品ですね。これはね、うちの父は全然本を読む人じゃなかったし、父子で本の話なんかしたことなかったんだけど、実家の親父の書棚に山田風太郎があって、親父もこれを読んでたのか、と思うとものすごく運命的なものを感じて嬉しかったんですよ。
野村 私からは、アーネスト・ヘミングウェイの『老人と海』。これは若い頃になんか読んでもわからない。歳を重ねてから読むと本当に泣ける、心に染みる本です。
■うみねこ堂書林
神戸市中央区栄町通2-7-5
営業/11:30~19:00
定休日/火・金曜日