2011年
8月号

こころと技を社会に生かす

カテゴリ:経済人

株式会社パソナグループ 代表取締役グループ代表 南部 靖之さん

大企業に就職するだけが道じゃない

―35年前に起業されたそうですが、そのきっかけは?
南部 当時はまだ「ベンチャー」などという言葉もなく、大学卒業イコール就職という時代でした。4回生で就職活動をしていた私も大変でしたが、それ以上に大変だったのが女子大生でした。就職した新卒女子のうち、女子大生は1.6%しかいなかった。たとえ就職できても企業の中でも大変。何年働いても昇格も昇給もない。
 また、それ以上に大変だったのが、子育てを終えて働こうという女性でした。フルタイムで働けないと、パート・アルバイトといった雇用形態しかなく、それまで培ってきた能力・経験を生かして働ける場がない。そこで、そういう女性たちが能力に見合った仕事と待遇を得られる仕組みをつくれないかと人材派遣システムを考えました。もちろん男性も大変でした。大企業に就職できるのは2~3%、ほとんどが中小企業に就職します。大企業は福利厚生が整っていて、産業医もいて、教育も受けられます。中小企業に入ると大違い。しかし、「大企業に入ることだけが道だろうか?」と考えました。格差をなくしたい。私は就職をやめて、自分で会社を興そうと決めました。

―ずっと順調に? ご苦労もあったのでは?
南部 宣伝広告費ほとんどなしで、ここまできたのですから順調なんでしょうね。私自身は35歳から43歳までアメリカに行っていましたし、阪神・淡路大震災後は神戸に3年半住み、その後2年半は全国行脚していました。ずっと仲間が会社をしっかり守ってくれていましたから、彼らが大変な苦労をしていたのかな…、私にはこの質問に答える資格はないですね(笑)。

―震災後、神戸に戻って来られたのは復興支援への熱い思いがあったからですか。
南部 僕も若かったし、当時海外にいましたからね。日本の国や日の丸に、それまで持ったこともなかった感情を抱き、「自分は日本人だ」と痛切に感じていました。海外で何かあった時に助けてくれるのは日本大使館だけですからね。まして神戸は故郷で、友だちもたくさんいますから、「何とかしなくては!」と。ちょうど東京原宿に本社ビルを建てようという時でしたので、その労力と資金を神戸復興のために費やそうと社員に話しました。友だちにも声をかけ、多くの皆さんに資金を出していただきました。因みに断念した本社ビルも15年後の昨年、場所を変えて建てることができました。

若い時の苦労は買ってでもしろ!

―厳しい時代ですが、若い人たちへのアドバイスはありますか。
南部 私が起業しようとした時に親父からもらった言葉に、「英雄は若者から生まれる」というのがあります。実はナポレオンの言葉だったんですが…。勉強ができる、できないに関係なく、チャンスは誰にでもあります。もう一つは「土薄き石地かな」。石の地面から芽を出すのは大変だけど、一旦芽が出ると強い。若い時は人の2倍働いて、苦労は買ってでもしろということです。全員が安全・安心な道を選ぶ必要はないんです。中には、自分の個性を組織に迎合させることなく頑張る人がいてもいいんじゃないかなと私は思います。

―逆に企業側に言いたいことは?
南部 企業といっても、大企業と中小企業とでは違いますが、一つ共通して言えるのは、企業にはいろいろな人材がいてもいいはずということです。価値観の多様性です。産業構造上守られた領域でない限り、1企業が1事業でやっていける時代ではないですからね。

農業をやろう!

―現在、力を入れている農業分野での人材育成を始めようと思ったきっかけは?
南部 1995年の震災以降、ITバブルがはじけてフリーターが非常に増え、続いて団塊の世代の定年という2007年問題がありました。フリーターと中高年の雇用問題の解決法を探して私は1999年から2年半かけて、東京を拠点に北海道から沖縄までの商工会議所や大学を訪ねて全国を歩きました。次第に農家の高齢化や自給自足問題も見えてきましたが、一方で農業が持つ可能性もみえてきました。フリーターや定年退職後の人たちが田舎に戻って農業しながら生活を楽しめたらいいなと思いました。しかし終身雇用と世襲制の農業に、他からの人や企業が入る余地はありません。そこで減反問題で揺れていた秋田県大潟村の村長さんやJAさんとお話して、60人の若者と定年退職者を連れて行き、新しい農業を始めました。

―東京にも農場を造っていますね。
南部 秋田まで行かずして、東京の若者にも農業を知ってもらおうと、本社ビルの地下に農園を造りました。たまたま地下のワンフロアが銀行の元金庫だったこともあり使い道がなかったという理由だったのですが…。皆そろって反対しましたが、意外とうまく稲が実って話題になりました。失敗していたら大変なことになっていたでしょうね(笑)。

―その次が今話題の「アーバンファーム」ですか。
南部 地下農園を「続けよう!」という声も多かったのですが、5年で終わりにして新たにパソナグループ本部ビル全体を農業ビルにして、「アーバンファーム」と名付けました。ここは働く人間がメインですから、その環境で稲や野菜を栽培するのは大変。そこで、稲は太陽光をいっぱい入れてロビーで実らせ、ヒマワリは夏に咲かせ、アサガオは朝に咲かせるというように、自然をそのまま利用するようにしたら、やっと成功しました。ビルの外側は落葉樹で囲まれていますから、夏は太陽をさえぎり、冬は太陽の光を取り込めるエコビルです。壁面緑化の外壁部分から2メートルほど内側にべランダのようなスペースがあるので、窓も全開でき、風も効果的に取り入れることができます。5月には満開のバラが壁面を覆い、ビル全体がバラの素敵な香りに包まれました。

―淡路の農場「チャレンジファーム」は?
南部 秋田、東京とやってきて、農業でベンチャーを興せないかと考えました。そこで兵庫県の井戸知事に相談したところ、「淡路島がいい」と言っていただき、淡路市の門市長の協力で土地を用意していただきました。海を見渡せるいい所なんですよ。

―野菜を栽培して、売っているのですか。
南部 野菜は、パソナグループ社員への販売のほか、インターネットを活用した直販などにも取り組んでいます。また、加工品を企画し、実際に商品として売り出すなど、パソナチャレンジファームブランドも徐々に増えています。彼らはパソナの契約社員ですから期限は3年。独立して巣立っていった人もいます。今年度も、年間200人を迎え入れます。半分農業、半分芸術といった新しい兼業スタイルを実践しながら、地域活性化に取り組んでいます。時間はかかるでしょうが、将来は芸術、中でも音楽の街をつくるのが夢です。

全員事業主の時代がやってくる!

―震災で大きな打撃を受けた東北地方。今後どうすればいいのでしょうか。
南部 東北で仕事を生むのはなかなか難しいと思います。そこで思い切って、ビジネスインターンで1年間、淡路島に来てもらって、例えばバイオマスの技術を学んでもらって地元へ持って帰ってもらう。淡路島の中に、いわゆる東北地方の〝飛び地〟を作ると言う発想ですね。

―これからの働き方についてどう思われますか。
南部 これからは企業に属するという働き方ではなく、「インディペンデント・コントラクター」の時代だと思っています。企業に属した社員は「正規」、属さないと「非正規」と呼ばれます。これはある意味、差別的な呼び方だと思いませんか? 
 大学を卒業したらすぐ就職というのではなく、卒業したら自分のビジネスを持ち、全員が事業主。日本もこういう社会になるべきだと私は思います。

インタビュー 本誌・森岡一孝

(株)パソナグループ本部ビル(東京千代田区)。社屋は緑に包まれる

南部 靖之(なんぶ やすゆき)

株式会社パソナグループ
代表取締役グループ代表
1976年2月、「家庭の主婦の再就職を応援したい」という思いから、大学卒業の一ヶ月前に起業し、現在のパソナグループを設立。以来、新たな働き方や雇用のあり方を社会に提案し、年齢・性別・経験を問わず、誰もが自由に好きな仕事に挑戦できる雇用インフラの構築を目指している。

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〈2011年8月号〉
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