5月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第八十三回
第20回兵庫県救急医療フォーラム
「終末期医療に対する救急医療体制について」
兵庫県医師会救急・災害医療委員会委員長
小平 博 先生
─兵庫県救急医療フォーラムとはどのようなものですか。
小平 平成15年から活動している兵庫県救急医療研究会が主催するフォーラムで、20回目を迎えた今年は1月21日に兵庫県医師会館で開催し、医療・介護福祉・消防・警察・行政など、約330名の方に出席していただきました。兵庫県救急医療研究会は兵庫県医師会や県下の救急関係団体、行政等、多職種により構成されています。
─今回のテーマは何でしたか。
小平 今回は「終末期医療に対する救急医療体制について」と題し、多角的な視点から終末期の救急医療に関する問題について採り上げました。基調講演では北海道大学病院先進急性期医療センター部長で北海道大学大学院教授の丸藤哲先生に「人生の最終段階における医療と蘇生をしないと言う医師の指示」をテーマに、積極的安楽死と治療中止との違いについてや、DNARの意味が一人歩きしている現状についてなどをお話しいただきました。
─DNARとは何ですか。
小平 Do Not Attempt Resuscitationの略で、患者本人や家族などの代理者の意思決定をうけて心肺停止時に蘇生をおこなわない選択のことです。丸藤先生は、DNARをいつ誰が指示するのかについては課題があり、法的整備もできていないのが現状と話されましたが、前述の通りDNARは患者の意志の確認が不可欠にもかかわらず、実際の現場では心肺蘇生法をおこなうかどうかを受け入れ医療機関の医師が判断しているケースもありました。また、DNARは心肺停止時に蘇生をおこなわない指示というのが本来の意味で、通常の医療に影響を与えるものではありませんが、緩和医療や終末期医療と混同して正しく理解されず、積極的治療を中止したりする医療関係者も少なくないという状況も問題だと指摘されています。そもそもDNARの概念は欧米を主体に形成されてきましたが、日本とは「死生観」が違うため、日本の現状に合わせた考え方が必要です。そこで厚労省が平成19年に「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」を制定し、今年の3月に改訂版もリリースされました。さらに、治療や療養について患者・家族・かかりつけ医・病院の医師があらかじめ話し合いコンセンサスをもつアドバンス・ケア・プランニングの重要性についても述べています。
─シンポジウムはどのような内容でしたか。
小平 まず私が県内の消防機関へおこなったアンケートの結果から、救急搬送者の半数以上が65歳以上であり(図1)、救急の現場と医療機関の間で「終末期」「DNAR」などの考え方が異なり混乱も生じている現状を紹介し、その後メディカルコントロール協議会、地域医療を担う地域医師会、医療法学それぞれの視点から、3名のシンポジストにお話していただきました。
─メディカルコントロール協議会の視点からはどなたのお話でしたか。
小平 兵庫県立加古川医療センター救命救急センター長の当麻美樹先生が「病院前救急医療が直面するDNARの問題点」というテーマで、病院に着くまでの救急現場でのDNARへの取り組みや実態を紹介し、実際にDNARの事案は、搬送全体の0・05%ほどだが口頭で伝えられることが多いという実態のほか、消防法で定められた消防業務の定義との整合性などさまざまな問題について語っていただきました。
─地域医師会の視点からはどのようなお話でしたか。
小平 川西市医師会会長の藤末洋先生に、具体的な事例をもとに地域包括ケアシステムのモデルとなるような医療連携についてお話しいただきました。自宅や施設での看取り件数が年々増加している中、終末期医療に向けたターミナルケアカンファレンスを月1回開催したり、訪問看護と連携し24時間医師が対応できるよう当番制を整備したり、病診連携の強化なども含め地域での取り組みを紹介するとともに、情報共有などの課題についても言及されました。
─法律家の視点からはどのような話題があがりましたか。
小平 浜松医科大学医療法学教授の大磯義一郎先生から、終末期医療に関する法的課題についてお話をいただきました。法律的にDNARは安楽死や尊厳死ではまとめられず、司法では決めきれない問題ゆえ法制化は難しいというご意見でした。裁判の判例では脳波検査をもって終末期としているというお話も印象的でした。
─どのようなディスカッションがありましたか。
小平 仮にDNARを決めていたとしても、終末期に救急車を呼ばないという選択肢が家族に罪悪感が残るといった現実など、「死」は明確に規定できない問題ゆえさまざまなハードルがあるという意見のほか、在宅医療のネットワーク構築やかかりつけ医の負担、法的・行政的定義などの課題もあがりました。
─意志決定に関して、何が重要なのでしょうか。
小平 患者・家族・医療関係者が同じ方向を向いて死と向き合い、死生観や実生活に即した考えを共有することが重要だと思います。死と向き合うことは生と向き合うことですし、そのことで方針が明確化されていくのではないでしょうか。
─終末医療について医師会はどのように考えていますか。
小平 医師会は県民の皆様の心身の健康を守るという立場から、安心して最期を迎えられるよう終末期の医療体制をより整備し、消防やメディカルコントロール協議会とともに救急医療体制を構築していきたいと考えています。DNARについては今後も議論が必要ですが、今回のフォーラムがその一助になれば良いですね。