2月号
兵庫県医師会 会長インタビュー
医師会が県民の皆さまに
より近い存在になれるように
一般社団法人 兵庫県医師会 会長
空地 顕一
2018年には保健医療計画の改定という大きな節目を迎える日本の医療。
兵庫県でも、二次医療圏の統合をはじめ、医師不足や偏在など多くの課題を抱えている。
県民の健康と安心のために何が必要なのか。兵庫県医師会 空地顕一会長にお話を伺った。
歴史から決意を新たに
─昨年、兵庫県医師会は創設70年を迎えました。昨年を振り返っていかがですか。
空地 70周年の記念式典を準備している段階で、実は会員歴70年の先生が2名おられることがわかったんですよ。残念ながら式典へのご出席は叶いませんでしたが、大先輩がご健在ということに驚きましたね。また、白寿の先生が2名、米寿が51名在籍しておられます。90歳以上で現役の先生も8名おられて、記念式典に来られたのですが、みなさん矍鑠としておられて素晴らしいですね。このような大先輩たちが戦後の混乱期から県医師会の歴史を創ってこられたということを実感し、我々もその意志を継いで兵庫や日本の医療を守っていこうという決意を新たにしました。記念のパーティーではたくさんの関係者にご出席いただきました。記念の講演会も野坂昭如さんの奥様の暘子さんに介護のお話をいただいて我々や県民のみなさまの参考になったと思います。ほかにも医師会の中での趣味のサークル、音楽や美術、スポーツなどでも70周年記念の行事を開催していただきましたが、医師としてはもちろん、学問の分野でも趣味やスポーツの分野でもトップレベルの先生がたくさんおられ、医師会は人材の宝庫だと実感しました。
─2018年の抱負をお聞かせください。
空地 まずはこれまでと変わらず、日本の医療や兵庫県の地域医療をしっかり守り発展させていきたいですね。これが一番大事なことで、新年には必ず忘れてはいけないこととして気持ちを新たにしています。特に県民のみなさまとともに歩むことが大切だと思います。県民のみなさまに医療のことや医師会のこと、これからのことを知っていただきたい。そのために一緒に勉強して、考えていく機会を設けていきたいと考えています。テーマとしては在宅医療や認知症、人生の最期の迎え方などにも力を入れていきたいですね。
─会長に就任して1年半ほど経ちました。振り返っていかがですか。
空地 保健医療計画や介護保険事業支援計画などへの準備、地域医療構想や地域包括ケア制度の整備事業などでさまざまな課題が出てきますので、その解決や調整に力を注ぎました。また、郡市区医師会が行政とタッグを組んでやっていかなければいけないので支援できるようなシステムづくりにも取り組みました。認知症の高齢者の運転免許更新の問題や、保健医療計画の二次医療圏の統合、在宅医療については将来推計が出たのでそれに基づく協議など、とにかくいろいろな課題が次々とあり、その対応に追われるような感じでしたね。
医師不足の解決に向けて
─2018年は保健医療計画の改定という大きな節目になりますが、県医師会としてはどのような提案をおこないますか。
空地 今回の大きな変更点は、何と言っても二次医療圏の見直しです。現状で残念ながら存在している医師の偏在、医師不足が改善するような計画になってほしいと思います。県も医師をはじめとして、人材の確保や育成をやっていかなければいけないと思います。在宅医療も今後充実させていかなければいけないのですけれど、なかなかそれを支えるドクターも増えてこないのです。なぜなら、24時間対応の必要や、最小限の診断機器で医療に取り組まなければいけない場合があるなど、今までの医療に慣れている今の若い先生にはハードルが高いのです。経験も必要ですし。ですから県医師会でも人材の育成により力を入れる必要があると思います。5疾病・5事業(※)については、それぞれの地域の事情がありますので、県には柔軟な医療圏域を設定していただき、二次医療圏ごと具体的に話し合っている段階です。
─医療圏の問題については、兵庫県は日本の縮図ですから、調整も大変ですね。
空地 都市から過疎の町までさまざまなエリアがありますからね。二次医療圏は10から8への統合が検討されていますが、地域内で医療が完結するのを目標とする一方、人口が少ない地域は医療機関も少なく、高次医療を担う人材も集まりにくいのです。それで、近くの地域と統合して医療圏を拡大するのですが、そうなると圏域内の都市部に医療機関や医師が流れていくのではと危惧されています。そこで、圏域内圏域を設定し、地域ごとに病床数や病院機能のバランスを保つ案が出ており、県医師会でもそのように要望しています。
─基幹病院の統合についてはいかがですか。
空地 県はすでに尼崎、三木・小野でおこなっているほか、柏原の兵庫県立柏原病院と柏原赤十字病院、姫路の兵庫県立姫路循環器病センターと製鉄記念広畑病院の病院統合が控えています。大きな病院ができることは医療機能の充実や医師のキャリアアップという面では良いことだと思いますが、一方でいままでの医療連携、病診連携が壊れない形で上手に入ってもらえるようにお願いしています。
─医師不足は長年の課題だと思いますが、女性医師の職場復帰も重要ではないですか。
空地 確かに結婚や出産などで現場を離れた女性医師が復職していただけると大きな力になりますが、医療の進歩は日進月歩ですから、知識や技術の面で復帰のハードルが高くなっているかもしれません。そこで、兵庫県医師会も県と協力し復帰プログラムなどの就労支援をおこなっています。また、働きながら子育てをおこなう医師へのサポートとして、ベビーシッターを利用する際に県が補助をおこなっています。しかし、まだまだ広報が足りないのか、利用が少ないのが実態です。兵庫県医師会には男女共同参画委員会を設け、男女が家事や子育てを協力しながらお互いキャリアアップできるようにフォーラムや意見交換会などの活動をおこなっていますが、これから結婚や出産を考える若手の医師にとって有意義な話を聞ける場だと思います。現場復帰やキャリアアップを希望する女性医師も多いと思いますので、今後このような取り組みがもっと広まり、参加者が増えればいいですね。
─女性医師の数は増えているのでしょうか。
空地 はい。現在30%くらいですが、医大の学生の約半分が女性ですので、今後もっと増えてくると思います。医師会としても女性医師のサポートに力を入れていきたいと思います。
かかりつけ医に相談を
─今後、病院完結型医療から地域完結型医療へ移っていき、かかりつけ医の重要性は増していきますね。
空地 かかりつけ医が普段から病気や健康のこと、場合によっては家族のことなど何でも相談できる存在で、医師も患者のことを長年知っていて家族のこともわかっているというような状況であれば、かなり良好な関係で早く対処できると思うのです。そういう意味でも、特に高齢者の方々にはかかりつけ医を持っていただきたいと思います。万一高齢者の方々が病気になったり怪我などで介護が必要になったりして診療所に行けなくなったら、これまでのかかりつけ医が自宅へ往診し最期は自宅で看取りをおこなう、あるいは入院への段取りをつけるなど、かかりつけ医を持てばご自身の希望が叶いやすくなると思います。日本医師会もかかりつけ医の研修制度をおこない、兵庫県医師会も講座を開くなどして、かかりつけ医の育成に努めています。
─地域包括ケアシステムにはどう関わっていきますか。
空地 これからは多職種連携が大変重要で、必要であれば医療、介護、リハビリなど、患者や家族を中心に適切に選択して利用していく形になります。その中でかかりつけ医や医師会が中心になって、みなさまの相談に乗っていく、あるいはシステムづくりに関与していくことが重要だと思っています。
─認知症への対応も課題ですが。
空地 認知症は早期に発見・対応すれば進行の抑制やある程度の改善も見込まれます。それこそかかりつけ医であれば本人も家族も相談しやすいでしょうし、かかりつけ医も変化を感じることができるでしょう。そのような面からもかかりつけ医を持つことは大切だと思います。かかりつけ医がいない場合は、認知症相談医療機関をホームページで公開していますので、ご近所の医師に相談できます。
─危機管理についてはいかがですか。
空地 震災や新型インフルエンザを経験したこともあり、災害医療や感染症対策などで医師会は県と緊密に連携しています。突然の災害や感染症発生の時の連携も確かに重要ですが、そのためにも保健医療計画や二次医療圏の見直し、地域包括ケアシステムの整備なども含め、常日頃からあらゆる面できっちりと連携がとれているということが大切です。県民のみなさまも、災害時の対応や病気について日頃から勉強をしていただければいざという時に役立ちますので、そのために我々もフォーラムや講演会などを通じた啓発活動に努めていきます。特に救急については、軽症で救急車を呼んでしまう方も多いので、県民のみなさまと一緒にみんなで考えながら限りある医療資源を上手に使っていくことも、今後引き続きやっていきたいですね。
診察の基本は〝人〟にあり
─空地会長は会長就任時にICTの活用を掲げられましたが、成果はいかがですか。
空地 兵庫県は広いですから、一か所に集まるとなると会員の先生に負担をかけます。特に役員の先生は重労働で、しかも自分の時間を割いて活動されています。ですからICTを県医師会内の会議や情報伝達、講演、勉強会などに利用することで時間の節約や負担減になればと委員会で検討をしています。理事会や委員会での情報交換の場として、インターネット環境の活用は進んでいますから、これをもう少し広げていけばより便利になっていくでしょう。また、医療機関どうしの連携、ICTを活用した患者情報の伝達や意見交換は尼崎や北播磨、淡路などではすでにはじまっていますが、高額な投資が必要ですのでこれからのところが多いです。維持費が高額である一方、個人情報の漏洩などの不安や、紹介状やFAXで事が済むという意見もありますので、これらの課題が解決されれば進んでいくでしょう。時代の要請で進んでいくことは間違いなので、我々としては会員の不安を払拭できるシステムを全県的に普及させ、全国に広がれば良いと考えています。医療と介護の連携は多職種が関わるので、携帯端末などで検査データや画像などの情報をやりとりできるシステムがあります。県医師会も個人情報保護を第一に考えながら、県内の地域医師会に使用していただくようお願いしていますので、今後増えていくと思います。
─いまAIが進歩していますが、医療にはどのような影響が予想されますか。
空地 確かに現在のAI技術の進化はめざましいものがありますが、いかに進化しようとも最終的には人間が判断するべきです。最終的には医師が診断を下す訳ですが、その過程でAIがツールとして活用され、情報を提供してくれることはあるでしょう。例えば画像診断ではAIがわかりにくいデータを見つけてくることはあるでしょうし、治療方法にしてもAIが患者個人に最適な治療を見つけるかもしれませんし、診断にしても今の段階でもAIはある程度の絞り込みが可能です。しかし、最終的には人と人との繋がりであったり、人間の五感であったり、医師のすべてを含めた診断の能力ではないでしょうか。今年の中医協で遠隔診療が議論になりました。遠隔診療は今でも離島や山間部などドクターがなかなか行けないところや、ドクターどうしの意見交換、例えば病理診断や画像診断などで認められていますが、議論されているのは例えば再診時に患者と主治医がスマホでやりとりをして診察することを診療として認めようとすることです。これは抜け落ちた議論で、やはり診療というものは患者さんを前にして、いろいろなことを加味して判断して診断し治療するのが本来の姿ですし、本人確認や個人情報の保護等、解決すべき課題も残っています。端末の向こうにいる人を相手にすることが同じ診療であるとは私自身は考えにくいです。
─本当にたくさんの課題が出てきますね。
空地 会長就任からの1年半も、いろいろな課題に対応してきましたが、これからまだまだいろいろな課題が出てくるでしょう。課題の解決のみならず、例えば学校保健、産業保健、母子保健、妊婦健診など、住民の健康を守るさまざまな事業は地域医師会が担っています。県医師会もそのシステムづくりなどでバックアップしています。しかし、このような医師会の活動があまり見えてこないようです。医師会が県民の皆さまにより近い存在になるよう、今後も情報発信を続けていきたいと思います。
空地 顕一(そらち けんいち)
一般社団法人 兵庫県医師会 会長
1956年、兵庫県姫路市生まれ。1984年、京都大学医学部卒業。1997年、姫路市で祖父、父と続く空地内科院を継承。2012年、姫路市医師会長に就任。2016年、兵庫県医師会長に就任。専門はリウマチ・膠原病。医学博士。日本内科学会総合内科専門医。日本リウマチ学会認定専門医。日本プライマリ・ケア連合学会認定医