12月号
ウガンダにゴリラを訪ねて Vol.2
【準備編】②
文・中村 しのぶ
なかむらクリニック(小児科)
準備の最初は、まず予防接種の勉強です。
国内のトラベルクリニックのホームページを閲覧、兵庫県は海星病院のみで外来は午前だけ。何度も仕事を休んで通院は難しくそれなら全て自分でするぞ、と決意いたしました。
アメリカのCDCの予防接種の勧告を読み必要なワクチンをリストアップすることが第1歩です。国内で生産されていないワクチンもいくつかあります。例えば髄膜炎ワクチンなどは国外の複数のメーカーが作っており同じワクチンでも出荷港により値段も違い、ワクチンの構造も種類があるのです。それぞれのワクチンの特徴を調べ値段をチェックし、輸入代行会社数社にそれぞれ見積もりをお願いし、やっと必要なワクチンのめどが立ちました。
ここで躓いたのは、自分の子どもの頃のワクチン接種歴がはっきりしないことでした。
そこでDPTやポリオワクチンが行政により開始された年やその際移行措置として当該年齢を過ぎているものにも接種のチャンスが与えられたかなど日本のワクチンの歴史をたどり、検疫所でしか受けられない黄熱病を予約、あとは破傷風、A型肝炎、陰性化していたB型肝炎ブースター、髄膜炎、狂犬病、コレラ、腸チフス、そして出発の前日からマラリアの予防薬開始、全部で9種類15回の接種でした。限られた期間に全てのワクチンを終えるのに4種の同時接種も必要で同時接種が日本でも解禁になっていて気持ちの上で抵抗が無く幸運でした。
蚊対策も疾病予防の大きな柱です。マラリアは1週間のアフリカ滞在では帰国後発症するのでその時に病院に行けば充分との途上国の医療を担う友人の言葉もありましたが、やはり、防げるものは防ぎたいとの思いで薬は飲みました。重ねて簡易診断キットも手に入れました。
DEET(ジエチルトルアミド)という蚊や虫よけの塗り薬があります。日本で販売されているものは最も濃度の高いものでも12%、ベトナム戦争の映画で、ジャングルでアメリカ兵がヘルメットのあたりに携行している陸軍御用達のUltra Thonというものが50%です。アメリカから帰国する友人に頼んで50%と100%(Jungle Juiceという名前です、かわいいでしょう?)を用意しました。
厚労省の‘Deetに関する安全対策について’という文書を読むとても恐ろしいもののように書かれており使用経験者のその友人に横についてもらって皮膚テストも済ませました。
またScoronという登山用品のシリーズがテイジンとアース製薬から販売されており洗濯しても効果が落ちない蚊の寄りつかない繊維です。帽子、手袋、シャツ、ズボンがあり、これもいくつか求めました。これはDEETとともに、夏の犬の散歩や夫の山での野鳥の探索に日本においても大変役に立っております。
後は湖や川の水にいる住血吸虫の薬と高山病にダイアモックスを用意してアフリカ限定の予防薬は完了です。
しかし現地の医療はまだ呪術と厳然と区別できない部分もあり東アフリカで観光客が病気になると多くはナイロビに移送されるとのことです。それは出来れば避けたく、自分で面倒のみられる急性疾患に備え普段の外来で処方する薬剤は内服、外用ほぼ全て用意しました。
ウガンダへはドーハ乗り換えカタール航空とドバイ経由エミレーツ航空が飛んでいます。関空出発時間はほぼ同じで、すこし安いカタール航空に決めました。
ちょうどアメリカがシリアを攻撃するかどうかの瀬戸際でもし戦争になれば私たちの航路から近く、空の交通網はどうなるのか心配しましたがギリギリのところで戦争は回避され安堵しました。
ウガンダの東端の国際空港エンテベまで約20時間の旅です。次の日にセスナで国を横断西側コンゴとの国境付近まで移動する計画です。
ロッジ、ホテルの予約も完了しました。
さあ、出発まであと1週間となりました。
持っていくもののリストを作り、空いている子供部屋に大きなスーツケースを二つ広げ仕事の合間にパッキングの開始です。 エンテベの空港から翌朝早くにクイーンエリザベス国立公園に飛ぶ予定ですがセスナに積み込む荷物の重量が限られており別のドライバーを雇って荷物だけ直接空港から次の宿泊地に運んでもらう段取りです。
そういうわけで荷物の仕分けも、ウガンダに着いた夜と次の日の夜までに必要なものと、そうでないものに分け、万一預けた荷物が無くなる?!ようなことがあっても残りの荷物で何とか旅を続けられるようなバックアップシステムを作るのに苦労しました。
欧米などに出かけるときは荷物が無くなってもクレジットカードとパスポートさえあれば何とかなると思えますがウガンダではクレジットカードもドルもほとんど使えないし品物もない。治安が悪いので財布を人前で出すな、ポケットにウガンダシリングを分けて入れておき要る分だけ出して払え、と、ネットのアフリカ旅行記には書かれています。ところがこのウガンダシリング、1000シリングが約40円という0いっぱいの通貨なのです。20万シリング、これは何ドル?計算弱いのに、おまけに盗人が狙っているって?
それぞれのスーツケースごとにリストを作りただでさえ要領よく物事がこなせなくなってきている頭を精いっぱい駆使して少しずつ詰めていったのでした。寝袋とテント以外は登山してキャンプできるほどの装備です。
ここでまた躓いたのがカメラの重量。手荷物の重量制限は一人15㎏、夫が用意したカメラとレンズ専用のスーツケースはそれだけで既に16㎏。双眼鏡を手荷物から出して搭乗前からそれぞれ首に掛けることで何とかクリアいたしました。
アフリカの情報を読めば読むほど犯罪の裏には先進国とははっきりと区別される本当の貧困がある。などと書かれており現地の旅行社を通じて雇った純粋アフリカ人ドライバーもガイドも一体ほんとに信じていいのか…英語を話してくれる約束になっているけど東南アジアでは英語を話すガイドという触れ込みで契約しても痛い思いをしたことも何度あるし…道路も穴だらけで車がはまり込んだらみんなで車を押すこともあるらしい。ライオンが出てくるかもしれないし、盗賊もいるかも。
さぁ、出発の日、アクセサリーは全部外した、腕時計も2000円のを買った。結婚指輪だけはつけたまま行こう、万一の場合身分証明になるかもしれないから。
黒い袋を頭にかぶせられテレビカメラの前でひざまづき指を1本ずつ切り落とされる私、という風景がふと頭を過ぎります。
ごめんなさい、ウガンダのみなさん、旅行社の方たち、全ては杞憂でした。
夫が見つけてきた現地の旅行社は詳細は後述いたしますが素晴らしい旅を演出してくれました。エンテベでこれからずっと1週間同行してくれるガイドとドライバー2人、そしてその旅行社のオウナーが出迎えてくれ、あぁ、この人たちなら大丈夫と直感したのでした。
さあ、鳥、動物、異文化への旅が始まりました。
(次回へ続く)