12月号
ハイバックチェア|永田良介商店
職人は、指先に眼がある。
理論を超越した感覚が生む「座る芸術」ハイバックチェア
神戸家具はもともと外国人向けに生まれた西洋家具。六代続く永田良介商店は、その伝統を今に受け継ぐ名門だ。昔と変わらぬ家具づくりには、職人の熟練の技が息づいている。
外国人を相手に古家具の引き取りや修理からスタートし、神戸で145年の歴史を紡ぐ永田良介商店。本格的に家具製造に乗り出したのは明治16年(1883)だが、折しも和船が廃れつつあった時代で、瀬戸内の船大工たちが転身し試行錯誤の上に家具製作のノウハウを編み出した。やがて三代目がヨーロッパで学んだ「墨ぼかし」の技法を採り入れ、木目が鮮やかに際立つスタイルを確立。現在もその伝統は継承され、色褪せぬ魅力がある。
家と具(とも)にあると書くように、家具のニーズは住宅事情の変化で変わりゆく。かつて必須だった応接セットは近年、一人掛けの椅子へとシフトしてきているとか。 そこでいま人気なのがハイバックチェア。フィッティング用の椅子で座り心地を確認し、寸法を測って誂える「椅子のオートクチュール」だ。
神戸家具では伝統的に分業制を敷き、椅子の木組み、タンスなどの箱物、彫刻、塗り、椅子張りなどそれぞれの工程に専門の職人がいる。今回は椅子の木組みを担う木工職人を訪ねた。垂水の郊外にある高橋椅子製作所では、高橋勝實さん、啓明さん父子が黙々と働いている。使用する素材は楢(なら)材。「木目の細やかさはやっぱり国産のものがええね。ロシアのはロシアの顔をしとる」と、勝實さんは杣人の眼も持つ。買い付けた木材は数年かけてじっくり乾燥させ狂いを少なくする。
まずは注文書から原寸大の図面をおこす。クラフト紙に描かれた線は落書きのようだが、無駄な線はひとつもない。3Dを平面に落としたこの図面を理解できるようになるまでにも相当な時間を要するという。そこからつくった型紙を材木にあてがいながら、複雑な曲線を鋭い眼光と繊細な手の感触を頼りに鑿と鉋で削っていく。「刳りもの」(丸い木材)は角材を旋盤で回して鑿で切削。手加減ひとつで、魔法のように美しいカーブが出現する。
そして接ぎ。一滴の水漏れも許されぬ船大工由来の巧の技で、計算され尽くしたほぞの角度が、釘を使わずとも二度と離れない堅固な接合を可能にしている。
しかも木工職人は椅子だけつくれば良いのではない。鉋や鑿など特殊なものゆえ、道具自体も自らの手で。「ようやく職人として一人前になれたかな?」とこの道58年の勝實さんは言うが、それだけ会得するべき事が多く、求められるレベルも高いということだろうか。
木組みの次の工程は、塗料で「墨ぼかし」という技法により、色の濃淡を美しく仕上げる塗装を行う。そして、より味わい深い色になるように表面はワックスで仕上げる。
次に行う作業が椅子張りとなる。中央区二宮にある土屋椅子製作所では、座った時に座面がきちんと体重を支えることができるように、コイルスプリングを使い、手間暇惜しまず手張り作業を行っている。座面の周囲には型くずれを防ぐために藁を使い、土手と呼ばれる部分を作る。その上に、ニードルフェルト、ウレタンチップ、ウレタンゴム、綿わた、などの素材を積み重ね、上層に行くほど柔らかい素材となる。こうして弾力性と耐久性を高めているのだ。この手の込んだ手作業により、座った時に硬すぎず、柔らか過ぎない、絶妙の座り心地を生み出しているのだ。
そして、この上にファブリックを巻いて完成となる。ファブリックも、イギリス、フランス、イタリアからの高級生地を取り寄せており、光沢感やデザイン性は気品に満ちあふれている。
一流の職人が永田良介商店の誇りと神戸家具の文化を支え、神戸開港の歴史と共に、その技術と精神を今に伝えている。
永田良介商店
神戸市中央区三宮町三丁目1番4号
永田良介商店ビル2F
電話 078-391-3737
営業時間 10:30~18:00
休業日 毎週水曜日、第1・3火曜日