2013年
5月号
福崎町の柳田國男生家

触媒のうた 27

カテゴリ:文化・芸術・音楽

―宮崎修二朗翁の話をもとに―

出石アカル
題字・六車明峰

年に一度、あるバスツアーの講師を務めている。歴史と文学を案内する役だ。どこへ行くにしてもわたしにとっての強い味方、宮崎翁にアドバイスを頂いている。
数年前に福崎町の柳田國男生家を訪ねた。
生家について柳田は『故郷七十年』でこう語っている。
―「私の家は日本一小さい家だ」ということをしばしば人に説いてみようとするが、じつは、この家の小ささ、という運命から、私の民俗学への志も源を発したといってもよいのである。―
柳田は、その生家が民俗学への源だったと言っているのだ。
この時も当然、翁に相談した。すると、お手持ちの資料を提供して下さった。それは翁がかつてバスツアーの講師をなさった時に作られた「柳田生家の民俗探訪」と題された冊子である。それには次のような添え書きがついていた。
「これは生家を珍しむだけではなく、少しでも柳田の学問に興味をもって戴きたいネライで、現地説明をしたさいの解説の要約です。折角の記念物は、単に“見物”させるだけでなく、質疑応答を交えた解説を付ける必要性を痛感しつづけてきたからです」
おかげでわたしは単なる物見遊山ではない、いい案内が出来た(と思っている)。
記念館には、柳田の子ども時代の天才ぶりを証明する飛び級が記された成績表などが展示されており、また井上(松岡)通泰、静雄、映丘など、いずれも著名な兄弟の資料も展示されていた。
その時、記念館で『柳田國男アルバム 原郷』を購入した。宮崎翁の著作物で、翁が版権を記念館に寄贈なさったものである。ことのついでに、職員に宮崎翁のことを話したら、眼の色を変え『お元気にしておられますか!是非一度、お連れして来て下さい』とおっしゃった。帰って翁にお伝えし、お誘いすると、「いやあ…もう」と言葉を濁され同意なさらなかった。

さて、柳田に嫌われたという宮崎翁。
「自伝の口述筆記というものは、ご本人が一方的にしゃべるものじゃないと思ってました。聞き手にも質問が許され、双方の協力で進めるものだと思ってました。けど、柳田さんはそれが気に入らなかったんですね」
宮崎翁のおっしゃるのが当然だと思うのですが、気位の高い柳翁はそれを許されなかった。
「明治時代の作家で江見水蔭という人がいますが、神戸新聞創刊当時の社会部長でもありました。彼の『自己中心明治文壇史』(博文館・昭和2年)の中に、松岡国男(柳田のこと)が田山花袋の紹介で神戸の家に来て滞在したとありました。口述の途中でそのことに触れると露骨に不愉快な顔をされましてね、そっぽを向かれてしまいました。そのようなことが何度もあったんです。ご自分のプライドが少しでも傷つくようなことには敏感に反応して拒否なさいました。まあぼくも当時は生意気でしたし、未熟なそれが顔に出ていたとも思いますがね」
そしてまだあるお怒りの種。
柳翁は宮崎翁の33歳時の著作、『文学の旅・兵庫県』(神戸新聞社刊・昭和30年)をお読みになっていたのだ。
柳翁がご兄弟の中でも最も敬愛された次兄井上通泰のことに触れた次の部分。引用が長くなるが、宮崎翁の文学への姿勢、視線を知る意味でも大切なので引きます。
―通泰の歌の格調を認めるのにやぶさかではない。だが例えば、荒木貞夫が陸相就任のさいに与えた歌、「心せよ事し終わらば剣より筆の力の強からん世ぞ」という一首をとっても、これが文学者のプライドであったにせよ、通泰が宮廷の威儀を背景にして、武人荒木も所詮わが文学の弟子ではないかという一種の権威を誇示したにすぎないものではなかったか。必ずしも時代精神や近代の批評に貫かれたそれとは言いにくいものを、端的に私は感じとるのだが、どんなものだろう。ある種の権威は、またそれを正当化しようとする形式や威儀はすぐれた人間性や文学精神すら浸食することがある。―
これでは誇り高き柳翁はご機嫌を損なわれるでしょうね。でも、あながち的が外れてるとはわたしにも思えない。しかし、だからこそ、柳翁にとってはこの若き記者、宮崎修二朗をお気に召さなかったのでしょう。小憎らしいとさえ思われたのでは?なにかにつけて拒否され、無視されたとおっしゃる。そしてついに、「ぼくは嫌われて嫌われて途中で放り出されました」と。門前払いではなく、一旦入った門の中から放り出されたのだ。
「実はもう一つ、決定的に嫌われた理由があるんですよ。それは、柳翁が終生隠してこられた松岡家の暗部をぼくが知ってしまったということがあったんです」

つづく

福崎町の柳田國男生家

■出石アカル(いずし・あかる)

一九四三年兵庫県生まれ。「風媒花」「火曜日」同人。兵庫県現代詩協会会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。

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