6月号
神戸市外国語大学創立70周年〝行動する国際人〟を育てる[インタビュー]
神戸市長
久元 喜造 さん
公立大学法人 神戸市外国語大学 理事長・学長
船山 仲他 さん
少数精鋭を掲げる神戸市外国語大学。グローバル化が進む時流の中で、
神戸市が外国語大学をもつ意味について、久元神戸市長と船山学長にお話しいただいた。
異文化コミュニケーションの支えとして学ぶ外国語
―70年前、神戸市の教育機関として創立された経緯は?
久元 1946年2月15日、臨時市会で市立外事専門学校設立が提案されています。その前年、神戸は大空襲を受け焼け野原になり、ひどい食糧難と極めて不安定な社会情勢という大混乱の中にもかかわらず、このような提案がなされたのは、「国際的な人材を育成しよう」という当時のリーダーたちの強い意思の表れだったと思います。3年後の1949年には大学に昇格し、神戸市外国語大学が創設されました。
―〝行動する国際人〟育成に込められた思いは?
船山 これはいつの頃からか自然発生的に生まれた言葉です。本学学生の印象としてよくいわれるのが「おとなしい」「まじめ」「非常によく勉強して優秀」等々、とても良い評価ですが、国際社会では「控えめ」になってしまう。そこで一見おとなしそうでも「潜在的に行動する力をもっています」「行動します!」と鼓舞したいという思いが込められています。
―外大で学ぶ外国語とは?
船山 学ぶことの基本は国際理解、言葉はそのために必須です。言語や文化そのものに興味をもち研究するのも面白い課題ですが、外国語大学としての社会的役割を考えると、日本語以外の言語を使い諸外国とコミュニケーションを取るに当たって支えとなる外国語を学ぶことが出発点になると思います。
―久元市長から学生たちへの思いは?
久元 困難な時代に設立された先人たちの熱意をまず伝えたいと考えていますが、必ずしも神戸の大学を卒業したのだから神戸で活躍してほしいというわけではありません。深い見識と素養を身に付けグローバル社会で幅広く活躍してほしいという願いをもっています。
―深い見識と素養とはどういうものでしょうか。
久元 言語にはそれぞれ、民族が担ってきた歴史、思考様式、価値体系があります。それらを極めた上で、自分なりの幅広い視野をもち、グローバル社会を俯瞰する能力が必要です。私たちの世代は、米ソ冷戦の中で学生時代を過ごしてきました。当時は、冷戦が終結すれば平和な時代が訪れて全てが解決すると考えられていました。ところが現実にはそうはならず、地域紛争、宗教的対立が頻発、悪化しています。学生はこの混沌とした時代に、世界へと船出していきます。大学生活の中で自らを鍛え、強靭さを身に付けなくてはいけません。
グローバル社会で〝たくましく〟行動する国際人育成を
―時代のニーズに応えての取り組みのひとつ、「国際コミュニケーションコース(ICC)」とは?
船山 コミュニケーションのプロセスを研究し、かつ実践的に言葉を使う力を付けるという目的で2009年に開設されました。1学年定員430名の中から面接、グループディスカッション、ICC志望動機のレポート提出のほか、TOEICの点数なども加味して、2年次から20名を選抜します。〝外大の中のエリート集団〟と位置付け、大学全体をけん引する存在になることも目的のひとつとしています。今のところは英語と日本語を駆使できることが期待される就職が多いようですが、今後は、グローバル社会でもっと幅広く活躍できる人材育成を目指したいと考えています。
―神戸市役所での活躍も期待できますね。
久元 外大卒業生を単に翻訳・通訳業務に特化した部署に配置するのでは組織自体が伸びません。それぞれの分野でリーダー的な役割を果たす人材として期待しています。神戸市が国内の他都市、アジアの各都市との競争に勝ち名誉ある地位を占めていくには、語学力や幅広い見識をもつタフネゴシエーターが必要です。例えばポートセールスや客船クルーズ誘致などで交渉を担い、自身の能力を駆使して仕事をしてほしいですね。いずれは神戸市役所も「語学力のある人材だけが幹部になれる」時代がきます。
船山 市長のご期待に応え、神戸市の発展に寄与する人材育成のためにも、今日からは、「たくましく行動する国際人」をスローガンにしようと思います(笑)。
久元 期待するだけではダメですから、神戸市としてもできるだけ協力しようと、細やかな試みですが、各国の総領事、市内のグローバル企業、国際交流団体などからたくさんの方々が集まる「神戸新春国際親善パーティー」に昨年から通訳として外大生に参加してもらっています。ロシア語やスペイン語の通訳として入ってもらったり、いろいろな立場の人たちとコミュニケーションを取ったり…もちろん英語だけで会話が可能なのですが、母国語を通訳してくれる学生がいるということには各国総領事にもとても喜んでいただいています。
船山 学生たちにとってはとても良い機会になっています。その場の雰囲気を体験するだけでも意義があります。教室に閉じ込めておくのではなく、こういった場をもっと提供していかなくてはならないと思っています。
市民に開かれた大学として、公立学校の教育現場を支援
―神戸市の大学という立場で公立学校教育にも協力していますね。
久元 神戸市外大と教育委員会は2008年に連携協力に関する協定を結んでいます。神戸市立学校の教員に対する指導、大学院生・学部生の皆さんには小中学校教育活動への支援をいただいています。地元の西区に限らず、市内全域について可能な範囲で指導や支援をいただきたいと思っています。
船山 今や年中行事になっている地元の小学生の「外大訪問」では、子どもたちだけでなく本学の教員・職員も楽しんでいます。子どもたちは英語でちゃんと挨拶してから、用意した質問をします。主にネイティブの先生方が熱心に対応し、たくさん答えが返ってくると子どもたちはちょっと困惑している様子です(笑)。
―現役の先生方への指導とは?
船山 大学院で、現役小中高の先生方自身が英語の勉強をやり直そうという斬新なプログラムがありますが、志願者が減りつつあることを危惧しています。学校現場が忙し過ぎて、週末の講義を受ける余裕がないのでしょうね。神戸市の多忙化解消への取り組みが功を奏したのでしょうか、最近は少し盛り返してきています。
久元 学校で朝早くから夜遅くまで先生方が仕事に追われている状況を改善しようと、教育委員会が中心になって努力しています。今年1月に策定した教育大綱では、多忙化対策を前面に打ち出しました。ところが、県・市の教育委員会、文科省など役所が多忙化の原因を作っていることも多々あります。山のように送られてくる照会や調査、市民向けの配布資料などに対応しなくてはいけません。中にはメールからダウンロードして、印刷、仕分けし配布するよう指示する、とんでもない例もあります。そこで昨年10月には、学校への資料配布を禁止しました。他にも、家庭でするべき教育を学校にもち込まないなど、一つひとつ改善しながら多忙化を解消し、先生方が授業や個別指導のノウハウ、教科の能力や自分を高めるための時間を確保できる環境を整えることが、教育水準のレベルアップのために大切だと考えています。
模擬国連開催をきっかけに、国際社会で活躍する日本人を育てよう
―70周年の今年は、NMUN模擬国連(※)開催という大きな事業がありますね。
船山 秋の大会開催を希望する世界各国の大学の中から、日本で初めて神戸市外大が選ばれました。今まで参加してきた本学学生たちの実績が評価されたと思っています。今年3月のNY本大会では、二つの賞を受賞しました。学生たちは「国際社会で声を出さない者は存在しないも同然だ」と痛感し、自分の意見をもち、はっきりと述べ、交渉する力を付ける必要性を認識したと言います。控えめな本学学生に刺激を与え、全国の学生たちにも広がり、模擬国連で活躍できるまでに鍛え抜かれたチームが増えることが、国際社会での日本人の弱さを改善するきっかけとして役に立てるのではないかと考えています。
久元 さまざまな民族・文化・宗教的背景をお互いが認め合う伝統があるといわれる神戸も含め、日本は非常に同質性が高く99・9パーセントが日本語を話し、空気を読む「阿吽(あうん)の呼吸」が支配的です。明確な言語的手段を駆使する必要のない状況に置かれた国は、今や世界でも例外的です。日本人が国内で取っている行動様式を国外で取っていては、グローバル社会ではまさに「存在しない者」になってしまいます。意見が違う人たちとの交渉は比較的簡単かもしれませんが、全く知らない異質な人々とコミュニケーションを取るには経験を積むしかありません。そういう意味で模擬国連は有意義な機会だと思います。
―最後に久元市長から今後の神戸市外国語大学に向けてのエールを!
久元 神戸市は設置者としての責任をできる限り果たしていきます。市民の税負担で支えられているわけですから、卒業生が各界で〝きら星〟のごとく輝き、市民に対して存在感をアピールできれば、それが教育環境の向上や外大の発展につながります。この〝好循環〟がうまく働き、グローバル社会で縦横に活躍する力強い人材が巣立っていってくれると期待しています。
※「模擬国連」とは、実際の国際連合の会議をシミュレーションする教育活動で、参加者は割り当てられた国連加盟国の役割を担い、その国の利害を代弁し関係国外交団との交渉・議論を行い、問題解決への合意形成を図る。世界中で開催されている模擬国連の中で最大規模の大会が「NMUN(National Model United Nations)大会」で、毎年春にニューヨークで実際の国連本部施設を使用して約5千人規模で開催され、秋には世界各地の大学がホスト役を務めて開催される。