10月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第五十四回
高齢者医療制度の歴史と現状
─高齢者の医療制度はどのような変遷をたどってきましたか。
明渡 昭和36年の国民皆保険成立時、国民健康保険(国保)や被用者保険被扶養者の自己負担率は5割と高額で、高齢者の受診率が低迷したため、昭和48年から老人医療費支給制度により、自己負担分を公費で肩代わりし、70歳以上の高齢者の自己負担は0としました。すると新たに、診療所のサロン化やハシゴ受診、社会的入院などが問題化し、公費負担も増加したため、昭和58年より老人保健(老健)制度に変更し、一定の自己負担を求め、財源として公費に加え各保険者からの拠出金を交付金として支給することとしました。ところが診療所のサロン化などの問題は改善せず、バブル崩壊後の拠出金への各保険者の反発等もあり、対象年齢引き上げや公費負担増加などののち、平成20年に現在の高齢者医療制度になりました。
─高齢者医療制度は、それまでの老健制度とどこが違いますか。
明渡 老健制度は都道府県の財政責任や各保険者の負担責任が明確だった点は評価されていましたが、保険料を納めるところと使うところが別々で財政運営の責任が不明瞭でした。また、若者と高齢者の不明確な費用負担関係、加入する保険者ごとの保険料の差、増大する拠出金への不平等感などの問題がありました。そこで高齢者医療制度は「高齢者医療を社会全体で支える」という観点から、75歳以上を後期高齢者として保険者を独立させ、窓口負担を除く医療費を、後期高齢者自身の保険料負担1割と残り9割は現役世代からの支援金と公費で賄うこととしました。65~74歳の前期高齢者については65歳までの保険を継続し、財源は老健方式に準じて保険者間の財政調整としました。
─現在の高齢者医療制度にはどのような問題がありますか。
明渡 まず、75歳で保険制度が変わるため、保険料が増加することがあります。特に被用者保険世帯では、被保険者本人は被用者保険における事業主負担がなくなり保険料が増加し、さらに被扶養者は国保に編入され新たな保険料が発生します。また、保険者においては、老健制度と同様の人頭税方式による拠出金調整のため、増大する巨額の拠出金に対する負担感と所得に対する不公平感という、老健制度と同様の問題が残存したままで、平均所得と被保険者本人の保険料負担率のアンバランスは大きな問題です。被保険者本人の保険料負担率は、高齢者が多く平均所得が低い市町村国保において最も高く、高齢者が少なく平均所得が高い組合健保と共済組合において低いという、逆進性の負担率となっています(図)。高齢者医療を社会全体で支えるという観点から、健保組合や共済組合からの高齢者医療への拠出金増額が望まれます。
─拠出金の不平等感や保険料負担の逆進性の是正は、おこなわれているのでしょうか。
明渡 平成22年度より後期支援金の1/3に総報酬割を導入し、さらに今年5月の医療保険制度改革法成立により、健保組合の保険料率上限1%引き上げと、平成29年度よりの後期支援金全面総報酬割導入が決定しました。これにより一定の改善が見込まれますが、高齢者医療費は、平成20年以降金額も国民の医療費全体に占める割合も増加しており、今後も少子高齢化の進行によりさらなる増加が見込まれ、拠出金の増大による各保険者の負担増加は避けられないでしょう。国民の健康が第一ですから、医療費節約のために医療の質は下げられません。
─今後の高齢者医療制度は、どうあるべきなのでしょうか。
明渡 75歳で加入する保険制度が変わることも、保険者間での不平等感や財力格差も、そもそも各保険者の並立により生じる問題ですので、いっそすべての保険をまとめ一本化し、賦課方式も総報酬割にすれば解決すると思われます。しかし、被用者保険の歴史的・社会的意義や国保加入者の所得捕捉などの技術的問題から現実的には困難です。ですから「社会全体で高齢者医療を支える」という認識のもと、現行の被用者保険+国保の2本立てをいかにして公平で持続性の高い制度にするかが大きな課題でしょう。そのためには、被用者保険はじめ各保険者が、個々の内部留保や利益にとらわれずに、増大する高齢者医療費への負担を共有することも重要だと思います。
明渡 寛 先生
兵庫県医師会医政研究委員
田中クリニック(宝塚市)院長