2017年
5月号

連載エッセイ/喫茶店の書斎から⑫ 加計呂麻島

カテゴリ:文化・芸術・音楽

今村 欣史
書 ・ 六車明峰

 「カケロマジマ」というなにかの呪文のような言葉。漢字ではこう書く。「加計呂麻島」。
 奄美群島の中の一島である。戦時中は特攻艇の基地でもあったところ。
 昨年秋、八歳ちがいの末弟が亡くなり、その葬儀の席で久しぶりに会った次弟夫婦との会話の中で出た言葉である。
 弟の妻が奄美大島出身で、しかし本島ではなく、奄美群島の中の一島だということは知っていた。昔のミステリアスな風習を聞いて驚いたこともあった。だけどまさか加計呂麻島だとは思いもしなかった。弟たちが結婚してからすでに約40年が経っているのに迂闊だった。
 実は、加計呂麻島に関する話を本誌に書いたことがある。2014年1月号。戦後の一時期、神戸に住んだ作家、島尾敏雄のことだ。その妻が加計呂麻島出身のミホ。
 島尾はその加計呂麻島で死ぬことを約束された特攻隊の隊長であり、そこでミホと知り合った。昭和20年8月13日夕刻に特攻戦が命令されるのだが、出撃待機のまま終戦となり、戦後に生き延びる。そして二人は結婚、神戸で生活する。その後の波乱の人生を描いた小説が、芸術選奨を受けた『死の棘』。ミホが主人公だ。
 その神戸時代の島尾夫妻と親交があったのが若き日の宮崎修二朗翁、兵庫県文苑の長老だ。
 宮崎翁はある日、ミホさんからミホ自身が染めたハンカチをもらったことがあるという。それは島に流れ着く流木を煮つめて作った染料を使ってのもので、美しい朱色のハンカチだったと。そんなものをもらうくらいだから、単に新聞記者と作家の関係ではなく、よほどいいおつき合いをなさっていたのだろう。
 昭和27年、島尾一家が東京へ出て行く際に、宮崎翁は壮行会を催したともおっしゃっている。
 今年は島尾敏雄生誕百年、そしてミホ没後十年だという。それで、島尾関連の出版物が相次いでいるわけだが、わたしは今、『狂うひと』(梯久美子・新潮社)を読んでいる。島尾ミホの評伝だ。
 著者の梯(かけはし)さんは「加計呂麻島」のことをこう書いている。
《奄美大島のすぐ南に位置する小さな島である。大島海峡をへだてて向き合うふたつの島の海岸線は不思議に噛み合う凹凸をもち、島尾の表現を借りれば「離れがたいのを無理に引きちぎったふう」にも見える。》
 わたしも地図を見てみたが、まさに島尾のいうとおりだった。そして、梯さんはこう書く。
《耳慣れない響きと万葉仮名を思わせる字面の名を持つこの島には、》
 北海道の地名も個性的だが、奄美のそれもまたユニークである。地名には歴史が刻まれている。梯さんの文章はこう続く。
《保元の乱に敗れた源為朝が来島したとの伝説があり、滝沢馬琴の『椿説弓張月』にも登場する。島はかつて鎮西(ちんぜい)村、実久(さねく)村に分かれていたが、これらの村名は、為朝の別名である鎮西八郎と、この島で生まれたとされる為朝の子、久三郎にそれぞれ由来している。(略)島尾の部隊が駐屯した呑之浦は大島海峡に面しており、入り江が折れ釘のように陸地の奥まで深く切れ込んでいる。そのため外洋から見えにくく、波も静かで、特攻艇の秘匿と訓練に適していた。》
 そのような辺境の地で、死ぬことが決まっていた島尾と、島長(しまおさ)の娘ミホが命懸けの恋に落ちたのだった。
 話を戻して、わたしの弟嫁のことである。旧姓は登島(としま)、名前をナスエという。七人姉弟の二番目。改めて話を聞いた。またしてもわたしは驚きの声を上げたのだ。
 出身校が押角(おしかく)小、中学校(現在廃校)だという。ミホの後輩になるわけだ。生まれた所は勝能(かちゆき)。地図でたしかめるとミホの出身地、押角の隣の集落だ。学校までは歩いて40分ぐらいだったという。
 「もう長く帰ってないです。親のお墓参りにも行きたいのですが、なかなかねえ…」
 卒業して集団就職で島を出たのが昭和41年だったと。そうして、島尾夫妻のような命懸けの恋ではなかっただろうが、わたしの弟と出会ったというわけだ。
 遠いところへ寂しくなかった?と訊くと、「みんなそうだったから、当然という感じで。都会へのあこがれもありましたし」
 やわらかい奄美方言のイントネーションが微かに残る口調だ。
 もしかして島尾敏雄やミホさんのことを知ってるかなと思ったが当然ながら知らなかった。
 子どもの頃の思い出は?と訊くと、「海でよく遊びました。それはそれはきれいな海でした。貝ガラを拾ってままごと遊びをしたり」
 そういえばずいぶん昔に、海岸で拾ったというきれいな貝ガラを土産にもらったことがあり、今もある。
 耳に当てたらミホさんの声が聞こえるだろうか。

今村欣史(いまむら・きんじ)

一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。

六車明峰(むぐるま・めいほう)

一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会計。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。

月刊 神戸っ子は当サイト内またはAmazonでお求めいただけます。

  • 電気で駆けぬける、クーペ・スタイルのSUW|Kobe BMW
  • フランク・ロイド・ライトの建築思想を現代の住まいに|ORGANIC HOUSE
〈2017年5月号〉
市民の手でつくるフルートのまち神戸!
連載 輝く女性 ③ 美味しいものが取り持つ『黄金に輝く幸せな時間』を提案
ぶらり私のKOBE散歩 ー 特集 扉 ー
ぶらり私のKOBE散歩|街歩きの醍醐味は坂道と路地
ぶらり私のKOBE散歩|ロープウェイから眺める山桜
ぶらり私のKOBE散歩|生活の中に摩耶山を
ぶらり私のKOBE散歩|住吉川・清流の道と文化財散歩
ぶらり私のKOBE散歩|明日への一歩を大きく踏み出せる舞子の海
ぶらり私のKOBE散歩|空の玄関口・神戸空港
ぶらり私のKOBE散歩|知らざれる穴場で、1日ゆったり極上休日
品格を受け継ぎながら、新しい風を ― HAIR & FACE Eliz…
プラウド苦楽園 ―美しき池の畔に咲く 麗しき邸宅文化の結晶
ホテルの街カフェ「マグネットカフェ竹園」オープン!
対談/進化する名門私立中学校 第6回 神戸海星女子学院中学校
連載 ミツバチの話 ⑩
第11回 神戸洋藝菓子ボックサン
“特別なもの”との出会い ベール・ド・フージェールの家具 10
連載 神戸秘話 ⑤ 世界に誇る神戸港を築いた土木技師
“新”神戸レディススパのステキな過ごし方 Vol.2
ガゼボショップが提案する“上質なくらし” ⑪
オーガニックハウス実物件デザインコンテスト 平尾工務店が最優秀賞を受賞!
3月17日 リニューアル オープン 新生「神戸BAL」で「上質な時間消費」を
4月8日、「ベントレー神戸」がオープン!|耳よりKOBE
神戸の中の情景|神戸っ子アーカイブ Vol.2
Power of music(音楽の力) 第17回
須磨離宮公園 開園50周年! 生まれ変わる「バラの園」
キリンビール神戸工場20周年
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第七十二回
神戸のカクシボタン 第四十一回 駅前のスペインバルで逢いましょう
女性と女児のための教育の向上を 国際ソロプチミスト神戸(SOROPTIMIST …
看護師・介護福祉士を目指す外国人のための日本語学校 JPGA日本グローバルアカデ…
キユーピーの見学施設「オープンキッチン」5月1日(月)神戸工場に誕生!|耳より」…
神戸鉄人伝 第89回 洋舞家 貞松 正一郎(さだまつ しょういちろう)さん
兵庫ゆかりの伝説浮世絵 第三十九回
連載エッセイ/喫茶店の書斎から⑫ 加計呂麻島
私のBMW
陽春の宴 芝能「天鼓」を開催|NEWS神戸百店会
有馬歳時記|「沙羅の花と一絃琴の鑑賞会」へのお誘い
ヤナセ 加古川支店|100年にわたる“感謝の心”を、未来につないでいきます。