2023年
7月号

神大病院の魅力はココだ!
Vol.22 神戸大学医学部附属病院 感染症内科 岩田 健太郎先生に聞きました。

カテゴリ:医療関係

耳にする機会が増えた「感染症」。どんな病気なのでしょうか。日本での治療の歴史や神戸大学病院の感染症内科が担う役割など、岩田健太郎先生にお聞きしました。

―感染症とは?
はっきりとした定義があるわけではなく、いろいろな病気がある中で微生物が原因で人間に起きる病気を医学の領域で「感染症」と呼んでいます。微生物とは肉眼では見えない小さな生物で、具体的には主にウイルスや細菌を指します。例外的にダニやサナダムシのような肉眼でも見える小さな生物が原因になっている場合も含まれています。

―感染症内科ではすべての感染症の治療をするのですか。
 例えばウイルスが原因でがんを発症する場合があり、代表的なものが子宮頸がんです。パピローマウイルスが原因で起きるのですが感染症内科で治療はしません。がん治療は主に外科手術や放射線治療、化学療法ですから専門医にお任せします。コロナウイルス感染症でも診断や投薬治療のように感染症内科が担う領域もありますが、エクモや人工呼吸器を使う全身管理はできませんから集中治療の先生方が担います。細菌が原因で起きる尿路感染症は泌尿器科、肺炎は呼吸器内科、あるいは感染症内科、オーバーラップする領域がたくさんあります。

―日本の感染症内科の歴史は浅いのですか。
医学が西洋化した明治時代のパイオニア、野口英世や北里柴三郎は海外へ出て微生物の研究をし、トレーニングを受け感染症の専門家として貢献しています。世界ではワクチンやペニシリンという抗生物質がどんどん使われるようになると、これさえあれば感染症は治るのだから頑張って研究する必要はないという考えが広まります。日本でも創薬や基礎研究の分野では頑張っていたのですが、臨床医学の分野ではレベルの低い時代が続きました。
ところが1960年代に薬剤耐性菌が出現して抗生物質では治らない感染症があることに気付いたアメリカでは一気に感染症の専門医育成に動き始め、内科か小児科の専門医が次のステップとして感染症のトレーニングを受けて専門医になることが当たり前になりました。一方、日本は薬剤耐性菌に関する基礎研究にさらに力を入れ、臨床では遅れをとってしまいます。80〜90年代、MRSAという耐性菌による院内感染が社会問題になったのを機に少しずつ臨床に目が向き、21世紀になってやっと実習が始まりました。

―日本でも感染症専門医が育成され始めたのですね。
それまでは他分野の専門医が感染症医を兼ねていました。ここ10年ほどでかなり感染症を専門とする先生方が増えてきました。現在、神戸大学病院の感染症内科では、私をはじめスタッフ全員が患者さんを全般的に診ることができる内科医あるいは小児科医であり、感染症のトレーニングを受けた専門医ですので、専門性の高い治療に当たっています。

―専門性の高い治療とは?
体にはいろいろな微生物がくっ付いていて、体の中にもたくさんすんでいます。腸内細菌がお腹の調子を整えてくれているように微生物がいることは問題ではなく、病気を起こして初めて感染症の原因になります。病気を起こしていない菌は殺す必要はないし、殺してはいけません。ですから単に抗生物質で菌を殺すのはレベルの低い治療です。患者さんの病気が治って元気になるためには微生物を殺したほうがいいのか、殺さないほうがいいのかの判断能力を持つのが専門医で、それに従って治療をするのが専門性の高い治療です。

―内科や小児科の専門医でもあることの意味は?
例えば「熱があって炎症が出ているからおそらく感染症だろう」と依頼を受けて診察してみると実際は膠原病の一種だったというケースがあります。まず患者さんが感染症なのか、その他の病気なのかを診断する必要があります。私たちは外科の先生のようにメスで切ったり、放射線科の先生のようにCT画像を解析したり、病理の先生のように顕微鏡で組織を見たりはしません。高いスキルを持つ専門の先生方にお願いし、協力しながら総合的に治療方針を決定します。多くの診療科と連携して治療に当たるチーム医療のトータルコーディネートのような役目を担っているのが感染症内科です。オーケストラでいえば指揮者のようなもの。どこでどの楽器の演奏が入ってくるのが最適なのかは分かっていても、個々の楽器の演奏ができるわけではなく、その必要もないのです。

―大学病院の感染症内科の役割は。
外来の患者さんはコロナウイルス感染症やインフルエンザのように短期決戦です。長期にわたって通院する患者さんはウイルスを持ち続ける慢性の感染症で、典型的なものがHIVです。入院については感染症内科の患者さんというわけではなく、他の診療科の入院患者さんの感染症治療に当たるのがほとんどです。病院内で行われる医療行為には感染症のリスクがたくさんあります。例えば問題になったMRSAは点滴の針から感染しました。外から微生物が入ってこないように守っている皮膚をメスで切る外科手術を受ける患者さんは感染リスクがあり、内視鏡手術も皮膚に開ける穴から菌が入る可能性があります。化学療法では自分が持っている免疫細胞を壊してしまい感染リスクが高まります。

―感染症にかからないようにするにはどんな方法があるのですか。
方法は大きく分けて2つあります。ひとつは免疫力を付けること。外から入ってくるある特定の微生物に対する免疫を高めてやっつけます。その唯一の方法がワクチンです。食事や生活習慣で免疫力を付けるなどといわれているようですがそんな方法はありません。体の中でうまくバランスを保って働いている免疫力を万が一高めてしまったら、自分の体を攻撃する自己免疫疾患を引き起こしかねません。
もうひとつは感染経路を遮断する。「海外へ行かない」「性交渉はしない」などとリスクヘッジを言うのは簡単ですが、その人の生き方そのものを否定することになり、これでは医者の役目は果たせません。サッカー選手になりたいという人に「けがをするからやめなさい」と言い、エベレストに登りたいという人に「山は危ないからやめなさい」と言うようなものです。人生の目標を犠牲にしてまで健康になっても意味がなく、医者のやるべきことは「どうやってリスクを回避して安全に実行してもらえるか」を考え、技を駆使すること。とても大切なことだと思っています。

岩田先生にしつもん

Q.岩田先生が医学の道に進んだ理由は?
A.高校生のころ、受験に合格するためだけの勉強がすごくいやで、大学に行ったらちゃんと総合的な勉強をしたいと思っていました。そのためには理系も文系も勉強できる医学部がいいだろう、医療には全く興味がないので卒業後は研究者になろうと思って進学しました。

Q.研究者にはなっていませんね。
A.アルバイト程度で臨床もできるようになろうと思い、沖縄の病院へ実習に行きました。そこは当時、野戦病院のようだと言われていた病院で、臨床がそんなに甘いものではないと思い知らされました。ちゃんと臨床医学の勉強をしようとアメリカへ行って内科医になり、感染症の専門医になり、結局、基礎研究には戻れなくなってしまいました。

Q.なぜ感染症だったのですか。
A.世界中どこへ行っても役に立てる人間になりたいと思っていて、感染症がない世の中などないので選択肢のひとつでした。決して微生物が大好きなわけではないです(笑)。

Q.今では大学で教育にも携わっておられます。学生さんにどんなことを伝えたいですか。
A.トレンドを追いかけるのだけはやめたほうがいい。これからも感染症がなくなることはありません。若い人たちにはお勧めの分野だと思います。でも強制はしません。そもそも人生は予定通りにはいきません、私のように(笑)。

Q.健康のためにやっておられることは?
A.走っています。ただし健康のためにではなく、サッカーができる健康な体を作るためです。健康は目的ではなく、やりたいことをやるための手段のひとつだと私は思っています。

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