8月号
神戸で始まって 神戸で終る ㉚
第18回展は「横尾忠則の冥土旅行」。本展のキュレーションは、林優。林の言によると「横尾がグラフィックデザイナー時代から現在に至るまで関心を持ち続けてきた〈死後の世界〉を想像して〈死の側から生を見る〉ことで、自らの生き方を見つめてきた横尾のまなざしを追体験する場として、絵画、写真、ポスターなど約100点の作品を〈神曲〉〈赤〉〈Back of Head〉〈謎の女〉の4つのセクションに分けて紹介した」。
いつの頃からか、死への関心が作品の背景に表われ始めた。死への関心というか恐怖は子供の頃に植え付けられた想念だと思う。養父母が老齢であったことから、僕が成長するまで存命でいられるかどうかということが常に不安をかき立てていた。そしてさらに戦争の恐怖が日常生活を支配していた。毎日のように飛来してくるB29、山ひとつ越えた先の神戸が空襲で夜空を炎で真っ赤に染める。爆弾が何キロも離れた僕の郷里の西脇まで、家のガラスを震わす。戦争を経験した僕の世代の人間は誰もが体験した戦争の恐怖である。
幼少期の戦争体験は終戦後も、心の奥に住みついていて、死への観念は肉体の細胞の一部となったまま、人格が形成されてしまっていたように思う。意識するしないに関わらず、死の観念はいつの間にか僕の作品の核になってしまったようだ。そんなわけで、人間死んだらどうなる?という関心は子供の頃から僕の最も強い関心事になってしまっていた。
死後生の存在に対しては、最初からあるにきまっているという想いが強かったが、大半の人達、特に知識人は死後生を否定していた。科学的に解明できないものは、この三次元の物質世界には存在しないという唯物的思想がまかり通っていた。
そんな中で僕は、理由もなく、肉体が消滅しても霊魂は残る。われわれ人間は肉体的存在であると同時に霊的存在であり、輪廻転生を当然のように認めていた。このような考えは一体何を起因として信じているのかといわれても、説明のしようがなかった。だって死んだ人の家から火の玉が浮遊しながら、どこかに飛んでいったとか、幽霊を見た人も田舎ではそう珍しいことではなかった。自分が見ていないからという理由で霊の存在を否定する人は大半である。僕は「幽霊を見た」という人がいれば、何の疑いも持たなかった。歴史的な文献の中には幽霊譚など世界中どこにでもある。それでも、自分は見ていないから否定するという考え方は創造力の枯渇だと思う。
第一、この物質的世界の事象が全て解明されたわけではない。むしろ知らないことの方が遥かに多いはずだ。まあ、ここで、死後生の存在を論じるつもりはないが、昔から彼岸や此岸という生と死を分ける言葉がある。この「冥土旅行」という展覧会は、とりあえず死んだ人間の魂が死の世界を彷徨するということを前提として構成されているが、僕はいちいち死を前提にした絵を描いているわけではないが、知らず知らずのうちに無意識に絵の中に死のイメージが侵入しているのだと思う。
一般的には死は生の延長として考えられるが、僕は逆に死の側から生を眺めているように思う。死という実相の世界から生の世界を見ると、生の世界はまるで虚構のように思える。生から見る世界を虚構としているが、それは生者の身勝手な見方で、こちらの物質的世界こそ、実相の世界だと思っているからである。これは人間が死なないとわからない世界で、死んで初めて気づくのではないかと思う。
生と死を逆転して考えることで、こちらの世界がまるっきり違って見えるはずだ。だから僕は現実を描くために死の側に立脚して考えるのである。死の世界は相対的な世界だから、向こうから見るこちらの世界は、すべてインチキな作りものに見える。このような視点を持つことで、逆にこの現実世界の真実が浮かび上がってくるのではないか。僕の作品の根底に死があるのは、このような理由からである。此岸から見る彼岸の世界ではなく、あくまでも彼岸から見る此岸の世界を描こうとしているのである。ここを理解していただかないと、僕の意図を逆に読まれてしまうことになる。
全ての人間は、死は未知なものと思っているが、そうではない。われわれ全ての人間が、死の世界からこの生の世界に生まれてきたのであるが、その記憶は誰にもない。もし輪廻転生を理解するなら、この秘密は簡単に解明できる。
まあ、今後展示される僕の作品には、以上のような考えによって死を導入しているので、そのことを念頭に見ていただくと大変嬉しいと思う。
美術家 横尾 忠則
1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞受賞。令和2年度 東京都名誉都民顕彰ほか受賞・受章多数。3月に小説「原郷の森」(文藝春秋社)が刊行された。8月6日より、横尾忠則現代美術館にて開館10周年記念展「横尾さんのパレット」を開催。
http://www.tadanoriyokoo.com