2022年
8月号

映画をかんがえる | vol.17 | 井筒 和幸

カテゴリ:文化・芸術・音楽, 文化人

初めての一般映画、つまり、成人だけでなく少年少女も観られる映画、『ガキ帝国』が大阪はキタとミナミ、神戸は三宮、京都は京極、関西4館で先行封切りされた時はさすがに嬉しかった。しかも、梅田のニューOS劇場は鳴物入りの洋画を専門にかけていたロードショー館で、古くは『007/ダイヤモンドは永遠に』(71年)などがかかった上品な劇場だ。まさか、僅か1200万円で不眠不休の3週間で撮った『ガキ帝国』(81年)がそこでかかるとは夢にも思わなかった。でも、試写を見た東京の評論家からは尺(時間)が長く冗漫だとか、関西弁が不明瞭で解らないと書かれ、口惜しくてならなかった。確かに素人役者の台詞は聞き苦しいし、カットつなぎやアクション場面は粗が目につき、反省していたのだが。封切り日、昨日まで野良犬のようにほっつき歩いていた自分が一遍に社会人にされたようで、もう後に引き下がれないなと思うと、自分が嫌になるだけだった。以来、その劇場に足を運んだ記憶はない。
因みに、「封切り」は仕上がったロールプリントの入った丸い缶の封を切って今日から映しますヨという意味だ。画像をデジタル処理したディスクが映画館に配られる現代ではもう死語化している。今でもこんな言い方をしてるのはボクだけかも。フィルムで映画を撮ってきたし、死ぬまでフィルムで撮ろうと思う。「なぁ、このシャシン、いつ封切んの?」と死ぬまで言い続けるだろう。ついでに、シャシンとは映画のこと。英語でモーションピクチャー、訳すと動く写真、活動写真だ。
それはフランスのリュミエール兄弟が1895年にシネマトグラフなる装置を発明したところから始まる。パリのサロンの壁に白シーツを張って上映して、やがて、ロンドンやニューヨークで広まり、エジソンの特許料徴収に耐えられずにハリウッドに逃げた業者たちが新しい撮影所を作り、京都にも上陸したわけだ。現場では活動屋は何でも縮めて言った。天空が雲一つなく太陽光がピーンと射し、辺りがカーンと晴れていると「今日はピーカンや、雨降らしは無理やな」と昔の京都太秦では言い合ったとか。スタジオのセットではキャメラマンが「その鉢植え、わらって(画面から外して)」「テーブル台を八百屋に(少し奥を上げて傾斜をつける)」と隠語を飛ばし、それを皆が真似たのだ。
下町をうろつく不良少年らを描いた『ガキ帝国』(81年)は世間的には好評だったが、ボク自身は映画をやめたくなるくらい落ち込んでいた。毎日のように、ミナミに出ては小さな屋台寿司で“絶望”を肴にして酒を呑み、若い出演者らを電話で呼びつけては「オマエ、役者なんか似合わんぞ」と愚痴を吐き、酔いに任せて人の映画をなじった。「何が黒澤や!『影武者』がナンボのもんや!」と。
そんな頃、ミナミ千日前で観たのが「レイジング・ブル」(81年)だ。ボクサーが堕ちる所まで堕ちていく話だと聞いてはいた。ボクシングに興味はなかったが、主演がデ・ニーロだし、義理でも観なければならないなと小屋に逃げ込んだ。どうやら実話の伝記のようで、その鮮烈なモノクロ画像はささくれたボクの心を救ってくれそうで人間臭さが充満していた。主人公のジェイク・ラモッタはニューヨークの狭いアパートで暮らすイタリア系のボクサー。試合に負けた日は女房にステーキを焼かせては文句を言って当たり散らしていた。彼は街のプールで十代の若い女に一目惚れして所帯を持つ。思い込んだら引っ込みがつかないジェイクの生きっぷりに、いつの間にかボクは我を忘れた。彼の世話役の弟役のジョー・ペシという男優は見たこともなかったが、ボクはその三番目の弟になった気分で、彼らの人生の駆け引きに引きずり込まれていった。彼らは落ちぶれていく。デ・ニーロは顔形が変わるまで太ってラモッタになりきっていた。81年初夏、東京でも『ガキ帝国』の公開が決まると急に創作意欲もわき始めた。ラモッタが背中を押してくれたようだった。くよくよしないで生きろと。当時のノートを開くと、映画は心の放浪を追うものだとメモにある。

PROFILE

井筒 和幸

1952年奈良県生まれ。奈良県奈良高等学校在学中から映画製作を開始。8mm映画『オレたちに明日はない』、卒業後に16mm『戦争を知らんガキ』を製作。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降、『みゆき』『二代目はクリスチャン』『犬死にせしもの』『宇宙の法則』『突然炎のごとく』『岸和田少年愚連隊』『のど自慢』『ゲロッパ!』『パッチギ!』など、様々な社会派エンターテイメント作品を作り続けている。映画『無頼』セルDVD発売中。

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