8月号
おもてなしの心を伝えます
株式会社 中の坊 代表取締役社長 梶木 実さん
長い歴史と2つの新たな取り組み
―話題の有馬グランドホテルのアクアテラス&スパ「ゆらり」オープンへの経緯と、利用客の反応は?
梶木 美容と健康に関心を持っておられる女性や中高年層のお客様に新たな旅館でのくつろぎ方を提案したいという思いと1Fの大浴場の老朽化が目立ってきたことから「ゆらり」オープンに至りました。
お風呂やエステはご好評いただいているのですが、アクアテラスがまだ十分に活用いただけていないのが現状です。阪神間からのご利用が7割を占めていますので、観光目的というよりは、ゆっくり時間を過ごしたいというお客さまが多く、アクアテラスでもくつろいでいただけるような提案を進めて参りたいと考えています。
―「中の坊瑞苑」のリニューアルについては?
梶木 玄関やロビー、お食事会場を、今風に変え、赤湯露天風呂付きの客室、シモンズのベッドを使用した和洋室を新たに設けました。お客さまからは、「明るくなった」「開放感がでた」などご好評いただいています。お食事会場は、お座敷ではなく椅子に座って食べたいという要望がありましたので、特に足が不自由なご高齢のお客様から「楽になった」と喜んでいただいています。今後は客室を順次改修していく予定です。
―1868年創業の「中の坊」ですが、当時から受け継がれている社訓はあるのですか。
梶木 初代の「世のためになろう」から二代、三代…と続いていますが、私はまだ考え中です(笑)。経営ビジョン「笑顔と会話がはずむおもてなしの宿 心に残る一日」は、従業員の行動の指針にしたいと思って私が作ったものです。
―有馬グランドホテルは、瑞苑とは違った形態の宿にしたいという発想から生まれたのですか。
梶木 当時、東京オリンピックの開催に向けて次々ホテルが建ち始めていました。旅館が歓楽施設という位置づけから少しずつ変わって、旅館にホテルのスマートなサービスを取り入れようとする動きが出てきました。そのころから、中の坊四代目(博之)が先を読み、土地を譲ってもらいながら準備していました。そして、オリンピック前年の1963年に現会長(雅夫)と力を合わせ有馬グランドホテルは開業しました。東館は大阪万博のお客さんも流れて来られるだろうと、万博前年の1969年にオープンしました。
―それ以来、ずっと順調に?
梶木 やはり、バブル期は良かったようですね。その後、順調に落ちてきて(笑)、そんな中で起きた阪神淡路大震災により建て直しを余儀なくされた中央館を1996年にオープン。アメリカの同時多発テロで海外旅行が国内旅行にシフトした2001年、大阪にUSJがオープンし、集客数は大幅に増えたものの、その後リーマンショック。2年前に新型インフルエンザ、そして今年は東日本大震災が、春先の歓送迎会の時期に起きましたのでキャンセルが相次ぎました。1カ月後あたりから自粛ばかりしていてはいけないというムードが広がり、5月の連休にはお客さまが戻って来られました。
日本だけでなく、世界中のいろいろな状況に左右され、ずっと順調などというわけにはとてもいきませんね。
サービスの真髄は利休の教え
―有馬グランドホテルはJTBの全国のサービス最優秀旅館にも選ばれています。その真髄にあるサービス意識とは?
梶木 サービスの基本は茶の湯の心です。「利休四規」の「和敬清寂」や、人と接する時の7つの心構え「利休七則」を新入社員の研修に取り入れ、また毎月茶道の先生に来ていただき、1年に1回は利休七則の講義をしていただいています。従業員の中に少しずつ浸透していっているかなとは思っているのですが、うちは従業員が若いですから「一生懸命やってくれている」というお客さまからのお褒めの言葉は多いものの、全体的にはきめ細やかな気遣いがまだまだですね。
―ベテランと若手従業員双方の持ち味の良い生かし方は?
梶木 宴会場などには若手とベテランを一緒に入れます。客室係では、ベテランのちょっとした気遣いが如何にお客さまに喜んでいただいているかを若手に伝えるようにしています。
―具体的には?
梶木 例えば、前菜のバイ貝に、つま楊枝を刺してお出しするというような、ちょっとした心遣いです。大したことでなくてもいいんです。思いやりの気持ちを大切にすることを学んで欲しいと考えています。私、小さなことが大好きなんです(笑)。
温泉旅に知的満足を盛り込む時代
―アメリカ生活も経験されましたが、サービスで日本との違いはどういうところですか。
梶木 日本のサービスでは相手を慮ることが大切であると利休の教えを通じて感じており、そのためにはお客様との間合いを重視したサービスしなくてはいけないと思っています。英語で「私」は誰と話しても「I」です。日本語は「私」「僕」「俺」「手前」「自分」と相手によって使い分けていることでもよく分かります。年配のお客さまからは、うちの若い従業員など孫のように見ていただいていますし、サービスする従業員も自分の祖父母のような親しみを持った気持ちで接するようです。この様な関係性を重視していることが違うところだと思います。
―アメリカの合理的な考え方は、経営にも生かされていますか。
梶木 私が帰って来て感じたのはチェック機能がきちんと働いていないこと。そして、バブル時に始めたいろいろな取り組みが連携していないために、効率の悪い仕事をしているということでした。だから仕組みを作って取捨選択し全体の最適化に取り組んできました。この発想はアメリカ的だと思います。
神戸へ来たら有馬温泉も楽しめる!
―最近は温泉に対するイメージも変わってきていると実感しますか。
梶木 昔は美味しいものを食べて飲んでお湯に浸かって、次の日は観光するというのが温泉旅行のイメージでした。今のお客さまはこれまで以上に質を重視されていると思います。お料理にしても、地元にちなんだ食材や料理法、盛り付けなど一つひとつを楽しまれています。また、地元の人とのふれ合い、、地元文化、歴史などを旅の中に盛り込んで満足していただく時代ではないでしょうか。
―東アジアからのお客さまも増えていますが、ご苦労はありますか。
梶木 お風呂の入り方がお国柄によって違います。そのあたりをどうご理解いただき、どこの国のお客さまにも楽しんでいただくかが悩みの種です。
―グランドホテルと瑞苑は、どのように使い分けたらいいのでしょうか。
梶木 グランドホテルは開放的で景色も良い環境ですから、楽しんでくつろいでいただけるホテルです。大勢で来られても十分に対応できる施設も備えています。プールもありますから三世代で来ていただくのもいいかと思います。
瑞苑は12歳以下のお子さまはお断りさせていただいていますので、だいたいの雰囲気はお分かりいただけるかと思います。客室51室で和風の造り、静かにくつろぐ大人の宿です。
―今後のグランドホテルと瑞苑は?
梶木 有馬温泉にお越しのお客さまは、あちこちの宿を経験されています。他の旅館、ホテルと共存共栄していかなくてはなりません。グランドホテルは、大規模だからできるという特徴を生かしていき、瑞苑ではお客さまの知的満足を追求したいと思っています。それぞれの位置づけをしっかり確立して粛々とやっていきたいですね。
―神戸の中の有馬温泉。これからについては?
梶木 有馬温泉では観光協会が中心となって観光マスタープランを作ろうという計画を進めています。まだ良く分かっていない「温泉のお湯」についてもきちんと研究して外国のお客さまにも納得していただけるようにしたいですね。神戸の先端医療都市と温泉を連携させれば神戸の魅力の一つになるのではないかとも考えています。
神戸の市街地から遠いと思われているようですが、新神戸駅から車でわずか20分、電車でも30分。空港ができ、新幹線も鹿児島まで繋がりました。神戸に来たら有馬温泉も楽しめることを全国の皆さんにもっと知っていただかなくては…。有馬温泉あっての中の坊です。有馬を良い方向に向ける努力をして、大切にしていかなくてはいけないと思っています。
梶木 実(かじき みのる)
株式会社 中の坊 代表取締役社長
1969年生まれ。神戸市出身。41歳。ウェスタンミシガン大学卒。1997年中の坊入社、2010年より同社代表取締役社長(現職)。趣味は、ゴルフ、読書、旅行。好きな言葉「一隅を照らす」。