8月号
みんなの医療社会学 第八回
基幹病院の立地を考える~
災害に備え今こそ見直すべき
─東日本大震災では海岸部の基幹病院が被災しましたが、兵庫県医師会が支援に入った石巻市の現状はいかがでしたか。
西田 兵庫県医師会が活動拠点としていた石巻中学校の救護診療所は去る6月19日に地元医療機関の9割復興を確認の上で閉所いたしましたが、そこから車で20分の高台に、震災後石巻で唯一機能した公的拠点病院ともいえる「石巻日赤病院」があります。この病院は津波の危険性を察知し、しかも有事を想定し高速道路のランプに直結可能なアクセスも考慮し、5年前に海岸近辺から高台へ移転しました。敢えて今の場所への移転を断行したことで、どれほど多くの地域住民を救命し得たことでしょう。
対照的に、耐震建築で地震ではびくともしなかったにもかかわらず、何と5階建ての4階部分まで浸水、スタッフに犠牲者まで出てしまったのが沿岸部分の石巻市立病院です。その院長は業界紙のインタビューで「災害といえば地震で、津波被害は想定外であった。一番大事なのが立地条件。建物は耐震構造で非常に頑丈、今回も地震による直接被害はほとんどなし。しかし、いくら建物が頑丈でも、立地が悪ければ仕方がない。災害時にきちんと稼働できる病院であるべき。それができる場所を考えて建てるべき。今回そのことを強く感じた」と苦しい胸の内を語っておられます。災害時の「地域医療の砦」の備えが、いままさに問われているのです。
─一方で神戸では7月4日に中央市民病院がポートアイランドⅡ期地区へ移転しました。これについてどのような見解をお持ちですか。
西田 移転について地元医師会は常に反対の立場を表明してきましたが、地震・津波の危険もその反対理由のひとつです。東日本大震災の被災地の実情を考えると、現在の津波想定で大丈夫なのかとの問題があります。
国の中央防災会議の専門調査会は先日、地震や津波の規模について、被害想定を千年に一度のクラスまで広げることを柱とする中間報告をまとめ、堤防に過度に依存せず避難や土地利用の工夫などハードとソフトを組み合わせた総合的な対策確立を求めています。東南海地震関連市町村ではおおむね従来の想定を2倍に修正、新たな方策への移行を急いでいます。新中央市民病院整備室の話では「東日本大震災後のいま気になるのは10mを超えたとされる津波。新病院の標高は8m。自家発電用の装置は津波の想定より高い標高13.1mの2階に配置した。東日本を想定したわけではないが、ほっと胸をなで下ろしている」と現時点では大丈夫としていますが、災害対策が見直されているいま、それで済む問題でしょうか。しかも神戸の中央市民病院だけではありません。兵庫県立淡路病院も移転地域が津波警戒地域に入っています。地域住民からは異論も出ているようですし、地元医師会も幾度も反対の意思表示をしているのに、病院はすでに海岸から50m地点でこの1月に着工しました。病院局によれば今後変更の予定はないという意向のようです。
─東日本大震災では地盤の液状化でも大きな被害が出ていますが。
西田 阪神・淡路大震災の際に中央市民病院は、地盤の液状化と唯一のアクセスであった神戸大橋の被災による交通途絶により、基幹病院でありながらほとんど機能不全に陥ったという苦い経験があります。ポートアイランドでは仮に津波想定を2倍にしたとしても、それ以前に液状化をはじめさまざまな点で不安感はぬぐえません。
しかも神戸市は、今度は県立こども病院を新中央市民病院の隣接地域へ誘致すると市民向けシンポジウムで公言してはばからないという有様です。ポートアイランドⅡ期地区の狭いエリアに1次からスーパー3次に至るさまざまな医療機関を集約させる「メディカルクラスター構想」にはこれまでも異論を唱えてきましたが、今回の東日本大震災クラスの揺れや津波に遭遇した際には、たとえば先端医療センターでの遺伝子治療のためのウイルスが拡散するバイオハザードに関することまで頭の中にしっかり叩き込んでおく必要があるでしょう。
事ここに至って、もはや「想定外」は通用しません。かといって中央市民病院を元に戻すこともできません。想定をはるかに超える津波を引き起こす東南海地震は早晩起こるといわれています。その時に備え、あらゆる方向から最小限の犠牲にとどめるための方策立案を官民一体となって急ぐべきだと考えます。特に、今なら未だ間に合う県立こども病院については、住民目線を大事にする立場からどうしても神戸市・兵庫県双方の行政に考え直してほしいのです。
平時においても非常時にあっても、地域住民が地元の病院に抱く「熱く、そして深い思い」にいま一度心を砕き、再考を真に願う次第です。
西田 芳矢 先生
兵庫県医師会 副会長