5月号
甲南病院の新時代創生に向けて|今も神戸に生きる 平生釟三郎の精神
神戸の東エリアの基幹病院としての役割を果たす甲南病院が今、大きく変わりつつある。平生釟三郎氏が創設当時に掲げた理念の〝現代版〟とは? 就任から1年余り、その取り組みについて具英成院長にお聞きした。
全く新しい病院に生まれ変わりつつある甲南病院
―就任以来1年余り、甲南病院は大きく変わってきましたね。
私は2017年1月、「神戸の東エリアにおける神戸大学の基幹施設を創る」というミッションを担って甲南病院院長を拝命しました。まず、医師やスタッフが自分たちの病院の医療レベルの向上に全力であたるという意識改革から始めました。そのため、ここ1年余りは生みの苦しみでした。現在は、全く新しい病院に生まれ変わりつつあると、イメージしていただいたらいいと思います。
―建設工事も始まっていますね。
現在の建物は80余年の歴史があり、阪神間モダニズムと称されるレトロな雰囲気をもっています。ぜひ残してほしいというご意見もありました。しかし、建物が残っても病院が存続できないという、どうにもしがたい事情があり、順次新棟建設中です。2019年6月に1期工事が完了し、10月には六甲アイランド甲南病院から脳神経外科、歯科口腔外科、泌尿器科、循環器内科、小児科、産婦人科などの診療科がこちらに移動し、380床に増床します。その後、2期工事に入り古い建物2棟は解体して新棟を建設します。現在の新館と東館はリニューアル工事に入り、2022年4月に全てが完成し、最終的には480床、六甲アイランド甲南病院との一体運用で660床となります。
―新しく生まれ変わるというのは?
甲南会は3つの病院と2つの施設を運営していますが、今回の改築に伴い、それぞれ役割分担を整理・再編し統合する必要があります。中でも、東灘の2病院が同じスタンスで診療を並列的に行うことがこの地域での理想形なのか?という大きな課題がありました。そこで、甲南病院は急性期、六甲アイランド甲南病院は回復期リハビリ中心という役割分担を決めました。もちろん六甲アイランドの住民の皆さんにも頼れる病院は必要です。しっかりと外来部分は残し、手術などが必要であれば甲南病院へ来ていただき、回復期には六甲アイランドへ戻っていただけるようなシステムを構築していきます。
―新棟建設中ですが、既に取り組みは始めているのですね。
2つの病院は医師をはじめスタッフ同士の連携、さらにはアクセスも十分でないという状況でした。そこで、垣根を取り払ってコミュニケーションを促進し、交通アクセスの点でも直行バスを運営するとともに、駐車場を増やすなど対策を始めています。住吉学園さんには、土地の取得に関して最大限のご支援をいただいています。学園さんは住吉村の頃から地域に根差した活動を続けておられるという歴史的な背景を、甲南病院に就任して私は初めて知りました。
東灘区には公的医療機関がなく、古くから地域医療を甲南病院が担ってきました。次の100年に向けても地域の皆さんのご意見を聞きながら、最高の医療を届けていかなくてはいけません。そういう意味で、「地域住民のために甲南病院にはもっと発展してほしい」という思いをもって協力いただいているのは本当にありがたいことだと思っています。
大切なのは新しい建物だけではなく、医療の中味であるソフト面を充実させること
―地域住民の健康のためにはどういうことを始めていますか。
私がこれまで培ってきた国内の主要学会とのつながりを活用しながら、第一線で活躍する専門家の方々の協力をいただき、中味の充実した市民講座や講演会なども積極的に開いています。昨年のがん治療学会に続き、今年は日本消化器病学会・JDDWと甲南病院から講師を招き、御影公会堂で公開講座を開催予定です。
さらに、東神戸医療人材育成コンソーシアムを企画中です。甲南会が中心になり、神戸大学のサポートをいただいて、甲南大学、甲南女子大学、神戸薬科大学、東灘医師会、東灘区役所など、6つの機関が一体化して医療人材を育成し、地域住民の健康増進のために知恵と能力を出し合おうというものです。趣旨に賛同いただき、しっかりとした協力体制が整ってきました。
―提供する医療の充実についての取り組みは?
リニューアルに最も大切なことは建物を新しくすることだけではなく、ソフト面の充実です。そこで、建設工事と並行して、既に提供する医療の水準を高める取り組みにも着手しています。アクセスが悪いという高台立地に負けないためにも中味を充実させ、信頼できる医療従事者をそろえて質の高い医療を提供しなくてはいけません。まず私の着任時、神戸大学から心技一体の若くて非常に優秀な外科医を派遣していただきました。医療従事者は広い視野をもたなくてはいけませんから、神戸大学とは積極的に、今後も循環型の人材育成のために連携していきたいと思っています。
―心技一体の医師とは?
医師は心だけでも、技だけでもだめということです。どんなに高い技術をもっていても、心が冷たいお医者さんではだめですね。手術が思うようにいかなくて、「病気が悪かった」と言うのは心ないことだと思います。医療の提供は決して会社経営そのものではありません。一般の会社でいう「いい商品」が、病院では責任感と心のある「いい医療」です。医者にとっては大きなストレスですが、それを引き受ける覚悟があるかということです。私がたくさんの高難度の手術を仲間と一緒にやってきて思うのは、自身の心と体が健康であればこそ、この大きな責任を背負うことができるということです。心技一体の最高の医療がここにあるという病院にしようと思っています。これが、創設者、平生釟三郎さんの理念を現代に引き継ぐ基本コンセプトだと考えています。
―創設時の理念は継承していくのですね。
もちろんです。しかし、平生さんの創設当時の言葉をそのまま今にもって来ても、当時から先進的な考えをもっておられた平生さんに決して喜んではもらえないでしょう。今の時代、そして新しい時代に即してどのように展開していくかによって、理念が実を結ぶものと思っています。
一般財団法人甲南会 甲南病院 院長
具 英成 (ぐ えいせい)さん
1977年に神戸大学医学部を卒業後、外科医として附属病院、市中病院に勤務。2005年~2017年まで神戸大学外科学講座教授(2007年主任教授、2012年移植医療部長)、2017年より名誉教授、甲南病院院長・法人本部長。日本消化器外科学会名誉会長、日本外科学会特別会員、日本肝胆膵外科学会特別会員、日本癌治療学会名誉会員、日本消化器病学会副理事長などを務める