3月号
日本酒を醸造することは、日本文化を醸造することです
日本酒の「沢の鶴」十四代目社長の西村隆治さんが、『灘の蔵元三百年 国酒・日本酒の謎に迫る』を出版されました。
『古事記』に登場する日本酒の発祥、日本酒の醸造方法、種類、燗・冷などの飲み方、作法といった文化など、蔵元だからこそ書けた日本酒の魅力、歴史、舞台裏を多岐に渡って紹介。
まさに日本酒のすべてが詰まった本です。
国酒・日本酒と日本文化を見直すきっかけに
―この本を出されたきっかけは何だったのでしょうか。
私が今までに雑誌や書物に書いたり、さまざまな場で話したりしてきたことを一冊にまとめてはどうかというお話を5~6年前にいただき、このたびの出版につながりました。
大学では法学部で学んだ私でしたが、家業である日本酒の文化や歴史には昔から興味はありました。大学院に進学したころ父に後を継いでほしいと言われ、29歳のときに沢の鶴に入社したのですが、そこで驚いたのは、「日本酒は文化である」と語る人は、ほとんどいないことでした。みんな、産業の一部としか考えていませんでしたし、文化は金にならないといった具合でした。そこで私なりに酒文化について勉強しようと、酒造りに関しては、杜氏や蔵人につきっきりで学び、日本酒文化のことは民俗学者の神崎宣武先生はじめたくさんの方に学びました。
日本酒は、日本の歴史と伝統を担った「国酒」です。しかし、アルコール飲料の中の日本酒のシェアはといいますと、明治17年には97・8%を占めていたものの、昭和に入りビール、ワインなどが数量を伸ばしはじめ、現在では6.7%にまで後退してしまいました。フランスにおけるワイン、ドイツにおけるビールなどの民族酒・国酒に比べると、これほど低いシェアはありません。その原因については、酒税や級別制度の廃止など、本の中でも私の考えをいくつか書いていますが、ひとつには日本酒のイメージ低下が挙げられると思います。「日本人には、日本が足りない」と書いていますが、そういった点においても、もういちど日本酒の歴史や、季節の楽しみを知っていただいて、日本酒を見直すきっかけにしていただければと思います。私の友人であるワインのソムリエが、自国の酒文化をもう一度学ぼうと日本酒を勉強したところ、「日本酒は世界一繊細な酒で、世界一の感性と技術で造られる酒だ!」と驚いたというのです。日本人が、日本酒のすばらしさを知らないということは、まだまだあると思います。
灘の酒は食事に合う酒
―どんな方にこの本を読んでほしいと思われますか。
日本酒に興味のある方、そして酒造メーカーの特に若い方に読んでいただきたいですね。日本酒の未来を考えていただきたい。
良い酒を造るには、良い米と、水と、技術者の腕がそろわなくてはなりません。「灘の酒」はその3拍子がそろってできたお酒です。酒蔵が集まる灘五郷は、昔も今も、全国で日本酒出荷量がもっとも多い地域です。現在の日本酒の産地のシェアで見ますと、兵庫県がトップで全体の3割近くを占め、その後に伏見、新潟と続きます。
最近では、グルメ雑誌やテレビによって地方の小さな蔵元の酒が人気を集めていますが、この灘の酒がすぐれている点はたくさんあります。灘酒、当社の沢の鶴の酒などは特にそうなのですが、コクがあってスッキリとした味わいなので、食事によく合います。よくいわれる大吟醸酒などは、香りが高いタイプなので、食事に合うというよりは、食前酒に最適なお酒。世界遺産にも登録された和食文化と同じく、日本酒の味わいもとても微妙です。それだけに選ぶ楽しみが増えるといえます。
―「純米酒 旨みそのまま10・5」が人気だそうですね
日本酒のイメージのひとつに「悪酔いする」とか「翌日に残る」といったものがありました。これは飲み方の問題でもあるのですが、日本酒のアルコール度数の高さが敬遠される傾向もありましたので、低アルコールの純米酒の開発を進めてきました。しかしアルコールを抑えるとコクや旨みが損なわれてしまいます。そこで研究を重ね、アルコール度数を10・5%に抑えながらも美味しい、というお酒を実現しました。やさしい味わいで、お酒に弱い方や女性にも好評をいただいています。私もお酒はあまり強い方ではありませんので、毎晩の晩酌は「旨みそのまま10・5」です(笑)。
日本酒で「乾杯」しよう
―日本酒文化発展のためにどのような活動をされていますか。
宴会の際「乾杯!」と言いますね。この「乾杯」の起源について、民俗学の神崎先生を中心に、2005年に研究会を立ち上げました。明治時代中期までは、日本では何らかの発声とともに盃を交わす習慣はなく、発声の習慣はイギリス海軍の影響ではないかと推測されています。当時は「万歳」と発声しており、その後「乾杯」が一般化していったようです。また、あいさつで「健康とご多幸を祈念して」というように前置きして乾杯をすることが多いですね。このように、盃を飲み干すときに神に祈りや感謝をささげるのは、世界的にも珍しい習慣です。日本酒を飲むことには、日本人の祈りの心が込められており、それが日本文化なのです。
官公庁での宴会やパーティーなどで乾杯の際、シャンパンやビールでというところがほとんどなのですが、私は昔から、ここは日本なのだから日本酒で乾杯してほしいと願っていました。そこで2004年に「日本酒で乾杯推進会議」を立ち上げました。代表は国立民族学博物館名誉教授の石毛直道先生で、東京に事務局があり、文化人・経済人など会員は3万人を超えています。その活動によって、現在では神戸市はもちろん、全国各地で地元の日本酒での「乾杯条例」が制定されています。他にも鹿児島県などには本格焼酎で乾杯する条例があったり、和歌山県田辺市では田辺市紀州梅酒による乾杯、北海道の中標津町では「可能な限り牛乳で乾杯」といった条例もあり、各地それぞれの名産で乾杯が推進されていて、ユニークですね。もっとも神戸市では、灘の酒以外にもワインやビールの生産も行なわれているため、他のお酒にも配慮するように、という注意書きつきです(笑)。
この本が、日本人の皆さんが日本酒と日本文化を改めて見直す機会になればと願っています。
菜の花まつり協賛 第7回 沢の鶴 蔵開き
地域の皆様と酒文化を楽しもう 〜沢の鶴まるごと開放〜
日時 3月14日(土)11:45〜15:30 雨天決行
会場 沢の鶴本社工場、沢の鶴資料館
交通 阪神電車「大石」駅より南へ徒歩約10分
※会場及び周辺には駐車場がありませんのでお車でのご来場はできません
ステージではジャズ、酒造り唄などのイベントを開催(鏡開きは13:00〜)。甘酒や生貯蔵原酒の無料試飲のほか、当日限定のお酒や奈良漬、酒粕、たこ焼き、やきそばなどの物販コーナー、キッズコーナーなど。事前申込制の日本酒セミナーも。昔の酒蔵 「沢の鶴資料館」では、福袋の販売や、ミニコンサートなども行われる。
昔の酒蔵「沢の鶴資料館」
TEL.078-882-7788
神戸市灘区大石南町1-29-1
[営]10:00~16:00
[休]水曜休館
入館無料(団体の場合要予約)
西村 隆治(にしむら たかはる)
沢の鶴株式会社 代表取締役社長
1945年生まれ。京都大学法学部卒業。同大学院法学研究科博士課程修了。1974年沢の鶴株式会社入社、1984年代表取締役社長に就任、現在に至る。1984年から灘五郷酒造組合理事。2002~2010年兵庫県酒造組合連合会会長、日本酒造組合中央会近畿支部長。2002年から日本酒造組合中央会理事。日本酒で乾杯推進会議運営委員会委員長。