8月号
神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~ (76)後編 水木しげる
水木しげる
神戸からの逆転人生…何度でも蘇る鬼太郎
神戸で始めたアパート経営
第二次世界大戦下、ラバウルの戦場で片腕を失った水木しげるは復員後、東京の美術学校に通って画家を目指すが、生活費は底をつく。同じく食い詰めた仲間の画家と二人で資金集めの募金旅行に出る。二人は東京の生活をたたんで西へと向かった。
旅の途中、偶然、泊まった神戸の宿で水木はアパート経営を勧められる。
彼の自伝『ほんまにオレはアホやろか』(講談社文庫)にこう記されている。
《神戸は空襲(くうしゅう)にやられていたので住宅難だったから、アパート経営がいいというわけだ。
一番はじめにあらわれた客が、運命のいたずらであろうか、紙芝居(かみしばい)画家であった》
親に借りた資金を元手に神戸・兵庫区水木通の物件を購入し、始めたアパート経営が彼の人生を変える。
部屋を貸した紙芝居画家の伝手で水木は紙芝居画家として生計を立てようと決意。指導を仰ぐために、後に師匠となる紙芝居界の重鎮、鈴木勝丸の自宅を訪ねると…。
《「じつは、水木さん」
「いや、私、武良(むら)というんですが」
ぼくの本名は、武良茂(むらしげる)というのだ。境港(さかいみなと)のあたりにだけあるめずらしい姓(せい)である。しかし、先生の方は少しも意に介(かい)さず、水木さんと呼ぶ。水木通りに住んでいるので水木さんということらしい》
このとき実は勝丸も東京で食い詰め、妻の実家のある神戸で暮らしていたのだ。
神戸で勝丸と出会ったことで武良茂は「水木しげる」と名乗って漫画家人生を歩むことになる。
まるで〝漫画〟のような実話である。
妖怪と歩む人生
この世には本当に妖怪がいる―そう信じた漫画家と作家が、偶然か必然か、神戸から輩出されている。
《ぼくは小さなころから、妖怪(ようかい)っていうのは、本当にいるのではないかと、両親や先生に質問し、そのおろかさを笑われたことがあった。
ぼくはその妖怪で、いまはめしを食っているわけだ……》
『ほんまにオレはアホやろか』の冒頭、彼はこう語っている。
同じく、妖怪の存在を信じ、作家となって『怪談』を遺したのが作家の小泉八雲だ。
時代も職業も違うが、ふたりは日本各地で語り伝えられてきた妖怪の伝承を追い求める。方や文章、方や漫画で日本の妖怪を今に伝え、後世へ遺したのだ。
神戸に縁のなかった二人が、たまたま神戸という土地で新たな名前を得て、第二の人生を歩み始める。
生涯を懸けたライフワークはともに妖怪。これは、たんなる偶然といえるのだろうか。
今年3月まで放送されたNHKの連続テレビ小説『ばけばけ』で、小泉八雲の半生がクローズアップされ、話題を集めた。
16年前の2010年には、水木の半生が、彼の妻を主人公にした連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』で描かれた。
3年前の2023年。水木の生誕100周年記念と銘打って封切られた一本の劇場版アニメが注目を集めた。
タイトルは『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』。興味深いのは当初、PG12(12歳未満の鑑賞は保護者の助言や指導が必要)で公開されたが、反響の大きさに翌年、327カットをリテイクし、年齢制限を引き上げR15+(15歳未満鑑賞禁止)の〝真正版〟として作り直し、公開されたことだ。
その理由を東映の宣伝担当者に聞いた。
「想定していたよりも、実際の来館者の年齢層は高かった。それならば、と年齢制限のために表現できなかったNGシーンをR15+用に引き上げリテイクし再上映することにしたのです」
水木が漫画で描いた鬼太郎が、1968年、初めてテレビアニメで放送されたとき。まだ、「アニメは子供向け」という時代だった。このときに作られたイメージで〝可愛い鬼太郎〟の顔を思い浮かべる人は多いのではないか。
だが、原作の愛読者なら、水木が描いた鬼太郎は〝可愛い子供〟という存在だけで括れないことを知っている。
隻眼を長髪で隠した鬼太郎は、社会に巣くう妖怪を退治しながら生きている。人間を助けるために。
劇場版では、なぜ鬼太郎がこんな過酷な宿命を背負うことになるのかが明かされる。
真正版では、血しぶきが飛ぶ妖怪の戦いなど残酷な描写も出てくる。生誕100年で水木が描いた鬼太郎の原型にアニメ版が近づいたことは意味深い。
ガダルカナルの戦場で武良茂はこの世の地獄を見た。それでも、生きることをあきらめず、この地獄から生還する。そして片腕を失う重いハンディを背負いながらも、神戸で漫画家、水木しげるとして生まれ変わるのだ。
陽気で弱音を吐かない水木しげると、目玉おやじたちと力を合わせ、妖怪に立ち向かう屈強な鬼太郎の姿が重なって見えてくる。
戦場から帰還した水木は平和な時代の現代日本人へ、漫画で何を伝えようとしたのか。
戦争や貧困…。理不尽で残酷な現実は今も我々のすぐ隣りに潜んでいる。この事実から目を背けさせないために、平和を脅かす恐ろしい妖怪と戦う鬼太郎の雄姿を水木は描き続けたのではないか。 =次は俳優、志村喬。
(戸津井康之)












