10月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」第180回
ドイツの医療財源と医療政策
─日本の健康保険制度はドイツの制度を参考にしたそうですね。
大西 はい。1990年頃までは日本とドイツは類似した医療制度改革を指向してきましたが、その後は異なる道を歩んでいます。ですからドイツにおける医療制度の成果や問題点を検証することは、日本の制度を考えるうえで有益です。
─ドイツの社会保障制度はいつはじまったのですか。
大西 1881年にビスマルクが世界で初めて社会保障を制度化しました。ビスマルクは国民の団結を重視するためカトリックや社会主義勢力を抑える一方、労働者を社会主義運動から引き離すために労働者の生活を国が保護するといういわゆる「飴と鞭」の政策をとりましたが、この流れは戦後のドイツにおいても受け継がれ、社会保険を中核とする制度体系として発展していきました。
─現在のドイツの社会保障の状況について教えてください。
大西 ドイツの歳出に対する社会保障費の割合は、日本と比べ高い状況です。また、ドイツの社会保障の保険料率の合計は、賃金の約42%と高水準に達しています。ドイツの社会保障制度の規模は1兆2490億ユーロ(約231・1兆円)と日本と比べて多く、財源の内訳は事業主負担が34%、被保険者負担が30・7%、公費が33・6%ですが、社会保険の保険料率が高く、公費の割合は約34%と日本の約41%と比べて少ない状況です。対GDP比で比較すると、ドイツは日本よりは高くなっています(図1)。また、社会保障費のうち医療費の対GDP比率では、ドイツはG7の中で2位と日本の6位よりも高い状況です(図2)。

(図1)社会保障費(EU 基準)の国際比較(対GDP 比/2022 年)

(図2)G7の医療費対GDP比率
─ドイツの医療保険制度はどのようになっていますか。
大西 ドイツの医療保険は公的医療保険(GKV)と民間医療保険(PKV)から成るデュアルシステムです。国民の約9割が所得比例の保険料で運営されているGKVに加入し、高所得者や自営業者など約1割は民間医療保険に加入しています。また、日本のような後期高齢者制度はなく、高齢者もGKVまたはPKVに加入しています。ドイツの公的医療保険は労働立法としての性格が今も残存し、自営業者は公的医療保険の強制加入対象外となっています。1990年代半ばから被保険者が保険者を選択できるようにするとともに、保険者が医療提供者と契約することにより医療の効率化を図る競争政策がとられ、2009年からすべての国民が公的医療保険か民間医療保険に加入することが義務づけられております。
─公的なGKVの財源はどうなっていますか。
大西 加入者は保険料算定基礎収入の14・6%の通常保険料を負担し、これに加えて給付を賄うことができない場合に追加徴収をする追加保険料を加入者と事業主が2分の1ずつ負担します。収入に対する通常保険料は14・6%と一定ですが、ドイツでは2015年~2023年の名目GDPが35・6%も上昇しているため保険料収入は増えています。しかし支出も増加し、2015年に0・9%だった追加保険料率は2025年には2・5%にまで上昇しており、加えて連邦補助金という形で年間145億ユーロ(約2・7兆円)の公費が医療基金に拠出されて収入に対する公費の割合は2024年時点で約4・5%となっています。それでも収支は赤字です。
─GKV加入者が医療を受けた際の自己負担はどれくらいですか。
大西 表1にまとめました。外来は原則自己負担なしで、患者の1年間の自己負担は年間所得の2%までと定められ、日本における高額療養費制度のようになっています。

(表1)ドイツの公的医療保険における患者自己負担の例
─ドイツでは日本のようなフリーアクセスなのですか。
大西 ドイツでは診療所と病院の役割分担が明確で、家庭医を起点とした医療提供が基本となっており、かかりつけ医からの紹介がないと高度な医療はGKVの適用とならない場合があります(表2)。一方で、PKV専用の診療所や病院では制限がありません。

(表2)日本とドイツの医療供給の比較
─ドイツでは医療費増加や保険料率上昇にどのように対応してきましたか。
大西 1992年に被保険者による保険者選択競争を通じて経済性の向上に舵を切り、2007年には保険者による保険プランの提示によって民間保険的な性格を有するようになったのですが、2009年には保険者に基本保険プランの提示を義務づけ国民皆保険となりました。2010年には統一保険料を上げましたが、2014年には引き下げています。このように医療制度改革が繰り返されてきましたが、政権交代などの影響もあり改革は急進的で、制度の揺れ動きが大きく不安定です。
─ドイツではどのような課題が浮き上がっていますか。
大西 保険者選択制では保険者による高リスク者の排除や低リスク者の勧誘が問題になり、有病率による調整が追加されましたがこれが本当に適正かどうか疑問ですし、調整により一元化に近づいて競争導入の意義そのものが問われる状況となっています。また、社会保険料に占める事業主負担が高く、雇用コストの増大が失業率上昇の一因とされたため2000年に労使折半の原則を見直して事業主折半を一時減らしましたが、紆余曲折を経ながらも労使折半に回帰しています。また、近年では移民・難民の受け入れがドイツの医療財政を圧迫している一因となっており、難民希望者や不法移民による集団暴行事件や失業率の向上などもあって難民への支援が手厚いことへの不満が高まり、右派政党が台頭してきています。
─ドイツにおける課題から、日本はどのようなことを学ぶべきでしょうか。
大西 ドイツの医療制度改革は、市場競争の導入など急進的な手法に一定の限界を示していますので、日本においては競争的手法の導入について慎重に検討し、国民皆保険を基盤として漸進的かつ一貫した改革を積み重ねていくべきではないでしょうか。また、働き手の減少への対応としての移民受け入れについては、社会的影響も踏まえた慎重な対応が求められるでしょう。医療財源については被保険者および事業主の負担のあり方や後期高齢者医療制度などに検討の余地を感じるとともに、経済成長によるGDPの拡大を通じた医療財源の確保が望まれます。ドイツの例も参考にしつつ、持続可能な制度運営を目指す必要があるのではないかと思います。

兵庫県医師会 医政研究委員会委員
大西メディカルクリニック 院長
大西 康文 先生












