2017年
2月号
須磨寺桜下薩摩守忠度「旅宿の花」詠歌の図 歌川国芳画

兵庫ゆかりの伝説浮世絵 第三十六回

カテゴリ:絵画

中右 瑛

忠度辞世の和歌“旅宿の花”

「一の谷逆落とし合戦」は壮絶を極めたが、その前夜、須磨寺の境内は桜の花が咲き乱れ、平敦盛が奏でる青葉の笛の音が静かに聞こえる。
美しくも静かな宵のひと時。桜の木の下で、平家軍勢の総大将・薩摩守忠度は家臣たちと安らぎを楽しみ、和歌を詠じた。

行きくれて
木の下かげを 宿とせば
花やこよひの
あるじならまし

「旅宿の花」と題す
薩摩守忠度は清盛の弟で、文武両道の士として有名である。特に父・忠盛の文才を継いで、和歌に秀でていた。
都落ちのときのエピソードがある。いとまごいに和歌の師・藤原俊成を訪ね、和歌一巻を預けて勅撰和歌集に加えられるように願い、そのうちの「故郷の花」が千載和歌集に選ばれたが、朝敵となっていたため「詠み人知らず」として収められた。忠度に対する俊成の心配りであった。

この図は、一幅の名作絵巻のように美しい。絵師・国芳は源平の名場面を数多く描いたが、これほど華麗でドラマチックな図はない。

あくる日、世にいう「一の谷合戦」は“逆落とし”という義経の奇襲作戦でもって幕は切って落とされた。裏山からの攻撃は、平家陣では予想もしなかっただけに、その狼狽ぶりは目に余るほどで、既に戦いの決着はついたも同然。それでも平家方は奮戦したが及ばず、力尽きて無残にも散って逝った平家の武将たちは多い。

忠度は駒ヶ林あたりまで後退したのだが、遂に源氏勢に取り囲まれた。
「御名を名乗りたまえ」
と言えども答えず、忠度は源氏勢の岡部六弥太忠澄を馬から叩き落とし、地にねじ伏せ、首を刎ねようとした。その時、背後から六弥太の家来が、忠度の右腕を斬り落とした。
「しまった!もはやこれまで…」
忠度は観念し、斬りかかってきた六弥太の刀を左手に掴んで、自らの胸に突き刺し、壮絶な最期を遂げたという。忠度は最期まで名を明かさなかったが、箙に結んであった「旅宿の花」の自筆歌文で、忠度と知れた。

忠度討死の地・駒ヶ林には、今も「忠度公腕塚」があり、ここは腕塚町と名付けられている。
須磨寺で詠じたこの和歌が、はからずも忠度辞世の句となったのである。

須磨寺桜下薩摩守忠度「旅宿の花」詠歌の図 歌川国芳画

■中右瑛(なかう・えい)

抽象画家。浮世絵・夢二エッセイスト。1934年生まれ、神戸市在住。行動美術展において奨励賞、新人賞、会友賞、行動美術賞受賞。浮世絵内山賞、半どん現代美術賞、兵庫県文化賞、神戸市文化賞、地域文化功労者文部科学大臣表彰など受賞。現在、行動美術協会会員、国際浮世絵学会常任理事。著書多数。

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