2017年
2月号
書院造を基本とした純和風の伝統木造建築の「光雲荘」。昭和14年(1939)、松下幸之助が「三百年後の遺構」となるべく、ニテコ池に面した広大な敷地に建設。 現在は大阪府枚方市に移築されている。非公開。写真提供/パナソニック広報部

商売の神様と経営の神様に愛された地|神様に愛された地、夙川 ②

カテゴリ:建築, 西宮

東経135度20分──西宮を南北に貫くこの軸に沿う場所に、商売の神が鎮座し、
経営の神様が居を構えた。それは偶然なのか、必然なのか。

商売の神様、えびす様のお社

 新年十日になると福男選びや招福大まぐろが毎年ニュースを賑わせるが、「十日戎」の日、えびす信仰の総本社、西宮神社は一年で一番の賑わいをみせる。商売繁盛で笹もってこい。福笹は商売の神様が宿る縁起物だ。
 その福の神、商売の神といわれるえびす様は、どんな神様なのだろうか。
 平安期、鳴尾の漁師が茅渟の海とよばれた大阪湾で漁をしていたときの話。網を引き揚げると何かの像のようなものがかかったので、そのまま海に戻した。その直後、船を西に進めて現在の和田岬あたりで再び網を入れたところ、先ほど海に戻したばかりの像がかかっていた。これはただ事ではないと感じた漁師は、その像を持ち帰り、丁寧にお祀りした。すると夢にその像が現れ「吾は蛭児(えびす)の神である。日頃丁寧に祀ってもらって有り難いが、ここより西の方に良き宮地がある。そこに遷し宮居を建て改めて祀ってもらいたい」という神託があり、それを受けて漁師とその仲間が現在地にお祀りしたのが西宮神社の起源とされている。
 「蛭児の神」とは伊邪那岐(いざなぎ)と伊邪那美(いざなみ)の子。3歳になるまで足が立たなかった不具の子で、伊邪那岐と伊邪那美は不憫に思いながらも葦船に入れて茅渟の海へ流した。にもかかわらず、再び茅渟の海から力強くよみがえったことから信仰を集めるようになった。当初は漁業の神だったが、やがて航海、交易、そして商売の神として尊信を受け、室町時代には広く庶民に親しまれていたという。
 民間信仰を起源とするえびす様は、それだけ人々の生活に浸透しているといえるだろう。

経営の神様、松下幸之助の邸

 西宮神社の南を囲む塀、大練り塀の材料となる土を掘り起こした場所はいまのニテコ池だが、そのほとりに居を構えたのが経営の神様とよばれたパナソニックの創業者、松下幸之助だ。昭和12年(1937)から足かけ3年かけて建築されたその邸宅は光雲荘(こううんそう)といい、現在は枚方に移築保存されているが、阪神間モダニズム後期を代表する和館として建築的価値が高い。
 光雲荘の建てられた場所はかつて、万葉集にも詠まれた風光明媚の地、名次山。郊外住宅地として注目を浴びていた阪神間の中でも、ニテコ池を望む特等席といえるロケーションにあった。
 その広大な敷地で幸之助が目指したのは「三百年後の遺構」。幸之助は「今後おそらく三百年も先には、この当時の日本建築というものがいろんな形において、いろいろ吟味されたり参考にされたりするだろう。そのときに、じゅうぶん参考に供されるような建物を建てておきたい」と昭和37年に日経新聞へ寄せた稿で記しているが、その視点のスケールの大きさに驚かされる。
 建物もまたスケールが大きい。玄関から門まで歩いて3分ともいわれ、これは、西宮神社の表大門から本殿までと同じくらいの所要時間だ。書院造りを基本とした純和風の伝統木造建築で、ニテコ池を借景にした池には茶室も佇んでいた。高橋誠之助『神様の女房』によれば迎賓の場としても使用され、料理人が常駐し、泊まると翌朝にはスーツにアイロンがかけられ、靴もピカピカに磨かれていたそうだが、まるで旅館、いや、それ以上の居心地の良さだったに違いない。まさに神殿だ。
 光雲荘だけでなく、幸之助は近くに名次庵を設けやがてそこで暮らすが、晩年もニテコ池を散策するなど、この地をとても気に入っていたようだ。松下幸之助が安住したこの地。ここで寛いで養った英気や、思い描いた構想が、神の境地へと導いたのかもしれない。

海の向こうから来た幸福

 えびす様は海からやって来た神様で、海の向こうから福をもたらす使者として崇められていた。また、西宮神社のある社家町の西は市庭町という。ここはその名のとおり、「市」のたった「庭」=場所だ。もともと漁労の神であり、商売の神でもあるえびす様のお膝元。中世には海で獲れた魚介や船で運ばれた物資などが門前町に集積し、海からもたらされたその賑わいがいまの西宮の街の基礎を形成していった。
 一方、松下幸之助率いるパナソニックが戦争から復興し世界的企業として君臨するきっかけも海の向こうからもたらされた。戦後、GHQによる厳しい制裁を受けてマイナスからのスタートとなったが、昭和27年(1952)にオランダ、フィリップス社との提携を契機に松下電子工業が誕生、技術力が強化され、昭和36年(1961)からはアジア諸国を中心に海外拠点での生産を再開。この前後から奇跡とよばれる日本の高度経済成長を牽引する経営者として、松下幸之助は世界から熱い視線を浴びるようになった。
 また、ともに生活に近い存在であることも共通点だ。えびす様はまさに暮らしに密着した信仰を得て、庶民の神様として親しまれている。一方の松下幸之助は、良いものをつくって世の中の役に立ちたいとの思いから起業、業界にその名を知らしめることとなるアタッチメントプラグにはじまり、人々の暮らしを便利にする数々の製品を生み出してきた。今やパナソニック製品のない家を探す方が難しいだろう。
 ところで、西宮神社には松下幸之助による奉納物などは特にないようで、大きな接点は発見できなかった。経営の神様は、商売の神様に頼る必要がなかったのかもしれない。しかし、ともに西宮に見えない力を見出し、この地を愛したということは、まぎれもない事実。この街に住んで、偉大な神様にあやかりたいものだ。

参拝者が絶えることのない西宮神社


商売の神様、えびす信仰の総本社となっている


「光雲荘」建築にあたり、幸之助は「生涯に一度の贅沢」と話したと伝わる。
写真提供/パナソニック広報部


松下家の公私にわたるおもてなしの場となった「光雲荘」。写真提供/パナソニック広報部



書院造を基本とした純和風の伝統木造建築の「光雲荘」。昭和14年(1939)、松下幸之助が「三百年後の遺構」となるべく、ニテコ池に面した広大な敷地に建設。
現在は大阪府枚方市に移築されている。非公開。写真提供/パナソニック広報部


賓客を迎える。妻むめのの姿も見える。写真提供/パナソニック広報部


名次山の頂上付近に石碑が建つ。
かつてこの地に名次神社があった


ニテコ池東から名次町を望む。畔には美しい桜が咲き誇る

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