2月号
神戸鉄人伝 第86回 花柳 吉小叟(はなやぎ よしこそう)さん
剪画・文
とみさわかよの
日本舞踊家
花柳 吉小叟(はなやぎ よしこそう)さん
端正な立ち姿で観客を魅了する日本舞踊家、花柳吉小叟さん。豊富な知識と疑問を解きほぐしてくれる説明からは、自らが懸命に、がむしゃらに学び、身に付けた時代がうかがえます。「スタートが遅かったので、修行時代に技術は未熟なのに知識がどんどん増え、頭でっかちになったことは否めませんね」とおっしゃる花柳さんに、お話をうかがいました。
―サラリーマンから舞踊家に転向されたとか?
クルーズ船で働いていましたが、実は美容師を目指していたんです。会社が倒産した時、日本舞踊家の伯父・花柳吉叟に「舞台の裏方の仕事に就きたい。かつらや髪結いの勉強がしたい」と相談しました。すると「ならば踊りをやれ」と言われ、それから伯父の家に住み込んでの修行が始まりました。踊りはもちろん、邦楽も基礎からご指導いただきました。最初は用語もわからず言われていることが理解できなくて、自分用に辞書を作ったくらいです。
―お祖母様も芸子さん、舞妓さんを指導しておられたそうですね。
私が舞踊家になったのは、祖母が舞踊家だったからと言ってもいいでしょう。幼い頃、祖母と火鉢にあたりながら過ごした時間は楽しいものでした。いつもは優しい祖母が、舞台では凛々しく見えたものです。でも「踊りをしたい」と言ったら両親に反対されまして。自分自身もまさか踊りで生活するとは思っていませんでしたから、入門は遅くなりました。
―内弟子時代は厳しく仕込まれましたか?
師である伯父の身の回りのことをしながら、衣装やかつら、大道具や小道具、背景など舞台のあらゆることを教わりました。24時間が修行で、テレビで時代劇を見ながらもあの刀は、あの月代(さかやき)は…と時代考証が始まる。食事中でも伯父が説明を始めると、不思議なことに持ったお箸が扇子に見えるんです。本当に恵まれた贅沢な時間で、修行を試練と思ったことはありません。先輩方に後見の機会も数多くいただき、勉強になりました。
―ご自身が指導する時、工夫されている点は。
今の時代ですから、ビデオも活用しています。「こうしているつもり」と「こう見えている」のギャップを埋める道具として録画は有効ですし、忙しい人も効率的に勉強できる。ただし次のステップに進んだ時には、撮ったことを忘れてもらいます。指導はその時々、演目や解釈、その方の習熟度によって変わるものですから。古典の指導はやはり、口伝で何百年の積み重ねを伝えていくのが正しいのです。
―古典芸能は振り付けや演出の意味がわかると、観る側もいっそう面白く感じられます。
舞台空間の規則を知っていると、多くの振り付けが解釈できますよ。舞台では花道(下手)が過去、中央が現在、上手が未来となりますが、これは能も同じです。そして立ち位置がはっきりしていて、位の高い者が上手に立ちます。これは一人で演じる落語も同じで、番頭さんが丁稚を呼ぶ時は下手を、旦那さんに話す時は上手を向いて話しますね。古典の約束事は、廓(くるわ)の文化も寄席の文化も同じです。ぜひ今度、意識して観てください。
―これからの目標は?
もちろん日舞の普及ですが、大切なことは「踊りを教える、教わる」ことではないと考えています。日舞には日本の歳時記、四季折々の情緒、自然への感謝があり、それはかつて日本人の生活の中にあったものです。そんな日本のよさを、古典を通じて次世代に伝えていきたい。同時にやはり神戸らしく、新しいものに敏感でありたいですね。 (2016年12月10日取材)
日舞という天職に巡りあった花柳さん。さらに充実した舞台姿を見せていただけるのが楽しみです。
とみさわ かよの
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。平成25年度神戸市文化奨励賞、平成25年度半どんの会及川記念芸術文化奨励賞受賞。神戸市出身・在住。日本剪画協会会員・認定講師、神戸芸術文化会議会員、神戸新聞文化センター講師。