8月号
季節をめでるお菓子
株式会社 神戸凮月堂 代表取締役社長 下村 治生さん
―季節感を大切にしたいという思いは、「上生菓子」や「源氏の由可里」で生かされているのですか。
下村 源氏物語には日本の四季や自然、人の素晴らしさが表現されています。村山リウ先生の「源氏物語を聞く会」のメンバーだった祖母が考案し、今では300種類以上の「源氏の由可里」があります。自然や季節感はもちろん、五十四帖に登場する姫君をはじめとする三百人を超える登場人物それぞれがもつ感性を表現しています。
昨年は神戸市と姉妹都市のシアトルで、日本総領事館が開催した日本文化を紹介するイベントが開催され、その中で、源氏の由可里の実演展示をさせていただきました。
―上生菓子の需要はどういうところからあるのですが。
下村 お茶会での需要もあります。昨年は近畿高等学校茶道部合同大会が、相楽園で開催されました。その際、高校生が自然や歳時記にちなんだアイデアを出す創作上生菓子コンテストでの近畿地区入賞作品を制作させていただきました。若い感性でのデザインは素晴らしいものでした。
―和菓子づくりといえば、職人さんの技にかかっていますが、製品を作り上げるまでの手順は?
下村 まずお客様のニーズがあり、ソリューションがあり、コンセプトがあります。次に意匠があり、最後に原材料とコストに結びつくというものです。この「ものづくりの基本」を、弊社は115年間守り続けています。
―職人さんに求めるものは?
下村 もちろんお菓子の出来栄えを左右する技量と感性が職人には必要ですが、それ以上に大切なのが発想力と教養です。お菓子は芸術であり、アートの世界ですから、当然、職人も研究しなくてはいけません。例えば、源氏物語をお菓子で再現するには、物語のシーンを知ってもらわなくてはいけません。季節感をお菓子で表現するにはせめて、今が二十四節気のどの時季なのかを知って生活して欲しいと思っています。
―洋菓子でも季節感を出しているのですか。
下村 西洋にも歳時記があります。キリスト教の行事にちなんだもので、ひも解いていけば聖書にたどり着きます。日本ではクリスマスやバレンタインぐらいしか知られていませんが、西洋にも生活文化に根付いた行事やお祭りがたくさんあります。神戸港開港より、多くの西洋文化を受け入れてきた開国文化をもっている神戸ですから、洋菓子も単に並べるだけでなく、今後は更に西洋の歳時記を表現していきたいと思っています。
―「生活文化創造 神戸凮月堂これからの100年」を出版されましたが、どういう本で、どういう人に読んでほしいと思って書かれたのですか。
下村 生活文化について非常に幅広く書いています。特に弊社は洋菓子と和菓子、両方の文化を持っていますので、会社の使命として書き始めました。どなたにでも読んでいただけると思いますが、生活文化に高い意識をもち、暮らしを楽しもうという気持ちがある方に読んでいただきたいと思っています。
―安藤忠雄さん、森下洋子さんほか、7人の文化人とも対談されていますが、得たものは?
下村 いろいろな分野で国際舞台を背景に活躍されている7人の皆さんですが、共通して言えるのは、日本の素晴らしさを認識されていることです。日本列島から多くの恩恵を受けていることに感謝され、それを語り継ぎ、発信していかなくてはいけないというミッションを持っていらっしゃいます。日本が持つ素晴らしいものを重んじることを使命として我々がやってきたことに間違いがなかったと、改めて自信をもつことができました。
―サブタイトルに「これからの100年」とありますが…。
下村 創業から115年続けてきたのですから、5年先を見るよりも100年というパラダイムで物事を考えることも大切です。ちょっとオーバーな表現ですけどね(笑)。
―現在進めている新しい取り組みはありますか。
下村 本店の改装や、和・洋両方で新ブランド立ち上げの計画を進めているところです。
下村 治生(しもむら はるお)
株式会社 神戸凮月堂 代表取締役社長
1965年、神戸市生まれ。立命館大学大学院修了、MBA取得。株式会社第一勧業銀行(現みずほ銀行)にて銀行員を務めた後、1994年株式会社神戸凮月堂入社。常務、専務を経て現在に至る。社団法人神戸青年会議所第46代理事長などを務める。