2011年
8月号

触媒のうた 6

カテゴリ:文化・芸術・音楽

―宮崎修二朗翁の話をもとに―

出石アカル
題字 ・ 六車明峰

前号の続きに入る前にちょっと寄り道、というより後戻りになりますが。
前に書いた“のじぎく文庫”に関しての話。

少し前の新聞に、ヒガシマル醤油元社長、浅井彌七郎氏の訃報が載った。101歳とのこと。
その切り抜きを宮翁さんこと宮崎修二朗氏にお見せした。すると、「う~~ん」としばらく天を仰ぎ、
「亡くなられましたか…、昔、大変お世話になりました。兵庫県の文化にずいぶん寄与された方です」と。
わたし、毎年の盆暮れに宮翁さんから、たくさんのヒガシマル製品を段ボールに入ったまま頂く。「老人の二人暮らしではとても消費できません」と言って。それで、宮翁さんはよほどヒガシマルさんとは縁が深いと思っていたのだった。
訃報記事には、「(略)俳人としても知られ、日本伝統俳句協会顧問を務めたのをはじめ、文化振興に尽力した」とある。
わたし龍野の街には何度か行ったが、あんなに静かで美しくて文化の香りが豊かなのは、きっと氏の力が大きかったのだろう。
「龍野へはよく行きました。嘉治隆一氏とね。嘉治さんは朝日新聞の出版局長で、戦後間もないころの「天声人語」の筆者でもありました。また神戸新聞の顧問でもあったので、ちょくちょく神戸に来られる。するとその度に龍野のヒガシマルに行かれるんです。彌七郎さんのお気に入りで、嘉治さんを歓待なさるんですよ。その嘉治さんも偉い人ですから、水戸の黄門様じゃないけど箔をつける必要が、というわけでその都度わたしがお供の役に名指されました。それはいいんですが、その龍野でのことを嘉治さんが神戸新聞の随想欄に書かれるんですよ。必ず「野路菊子を帯同…」とね。宮崎は“のじぎく”だからというわけです。ところが当時、花隈に「野路菊子」という、金井知事が命名した芸者さんがいたんです。わたしへの「子」は敬称として使われたんでしょうが、読者は、毎度々々嘉治氏は芸者帯同で龍野へ行ったと読んだことでしょうな。そのような思い出もあります」
因みに、嘉治氏は、訳詩集『海潮音』『牧羊神』などで著名な上田敏の娘婿である。そして忘れてならないのが、嘉治氏と宮翁さんのコンビで生れた本『故郷七十年』(のじぎく文庫・柳田國男)だ。神戸新聞六十周年事業の一環だった。嘉治氏は昭和53年に81歳で亡くなっておられる。柳田國男を直接取材した人でご健在なのは、もう宮翁さんをおいて他にはいない。

        

さて前号「剽窃(ひょうせつ)」の続き。

「福田米三郎ですがねえ」
宮崎修二朗氏89歳の話である。
「無名の人でしたが、一度だけ全国的に名を知られたことがありました。〝皇軍大捷の歌(こうぐんたいしょうのうた)”の作詞者としてです」
わたし、「それなんですか?」
「♪国を発(た)つ日の万歳の 痺れるような感激を こめてふったもこの旗ぞ 今……長城に…はためく日章旗」
軍歌である。宮翁さん、あやふやながらも節をつけて歌って下さる。
実は翁、歌が上手である。以前ご一緒した旅行の車中でも、その地の古い民謡を歌って下さって感心したことがある。人が知らない歌をよく記憶しておられるのにも驚いたが、歌もお上手なのに二度びっくりだった。
「これはね、朝日新聞社による懸賞募集でね、たしか福田さんは自動車をもらったんじゃなかったかな?」
もちろん戦前のことである。
わたし調べてみました。
昭和13年、一月発売のレコードにありました。
「皇軍大捷の歌」朝日新聞社懸賞募集入選歌として、作詞・福田米三郎。作曲・堀内敬三。
驚きました。あの灰田勝彦が歌っていました。
その一番。
「国を発つ日の万歳に 痺れるほどの感激を こめてふつたもこの腕ぞ 今その腕に長城を 越えてはためく日章旗」
この後七番まであって、「皇軍大捷万万歳」と結ばれている。
しかも「皇軍大捷の歌 永遠の感激」という映画にまでなってました。
制作・松竹、大船撮影所。監督・佐々木康。そして、出演者が、なんと佐分利信、高峰三枝子などである。 
しかし驚きましたねえ、翁の記憶力には。歌詞、少し違いますが大体合ってます。しかもわたし、ユーチューブで灰田勝彦らによる歌声も聞きました。翁、曲まで覚えておられたのだ。
後日、翁にその資料をプリントアウトしてお持ちしました。すると、「この歌には替え歌もあってね、それが当時流行りましたよ」と、それも歌って下さった。
「パーマネントに火がついて みるみるうちに禿げ頭 禿げた頭に毛が三本 ああ恥ずかしい 恥ずかしい パーマネントは止めましょう」
これもわたし調べました。見事に合ってました。軍需費がかさみ、贅沢抑制のために国が流行らせたような気がしないでもありません。

つづく


■出石アカル(いずし・あかる)

一九四三年兵庫県生まれ。「風媒花」「火曜日」同人。兵庫県現代詩協会会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。喫茶店《輪》のマスター。

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