9月号
神戸らしいハイカラな寄席で「生」の落語にふれる楽しさを
上方落語協会 会長
笑福亭 仁智 さん
─喜楽館がオープンしましたが、開館までの道のりを振り返っていかがですか。
仁智 建設準備委員会のメンバーが頑張ってくれました。ここを建設する条件に昼席の定席という条件があったのですが、大阪の天神橋にある繁昌亭と同じような寄席を経営するのは難しいのではないかという意見もあって、総会で真剣に議論し、結局は投票で推進しようと決まりました。決まった限りは協会の全員が団結し協力して、開館に至りました。定席で繁昌亭では1日10席演じていますが、こちらは8席なので、噺家の出演機会が単純に8席増になる訳です。会員は若い人をはじめみんな期待しております。
─実際に喜楽館の高座に上がられて、印象はいかがでしたか。
仁智 繁昌亭と同じような規模ですが、こちらはちょっとスッキリした感じがします。設計でちょっと神戸らしいハイカラさを意識されたのでしょうね。
─神戸のお客様はいかがですか。
仁智 昔からよく笑っていただける良いお客様という印象があります。昔から元町の凮月堂ホールで「もとまち寄席 恋雅亭」という落語会を40年くらいやっていて、毎回たくさんのお客様で賑わうのですが、本当に良いお客様で、それこそ「元町で鍛えられた」という印象をもっている噺家もいます。どこでネタを試そうかと考えるのですが、恋雅亭でネタを初披露する噺家も多いですよ。土地柄なんでしょうね、神戸のお客様は新しいものに敏感ですから。
─では今後は喜楽館でネタおろしをする噺家さんも増えるかもしれませんね。
仁智 そうですね。ここで反応をみて、手直しして、よそでまたやるという、そんな場になるような気がします。
─落語に親しんだことのないお客様も来館すると思いますが、落語を楽しむポイントを教えてください。
仁智 落語はなんと言っても「生」で観ていただけるのが魅力です。ゲームや映画、アニメなどは映像やCGで視覚的にわかりやすい演出が多いですが、落語はそれができません。それが弱点でもあるのですが、だからこそ想像にまかせることで逆に強みになるんです。それぞれのお客様の想像力で「見て」いただけるので、それこそ落語は深みがあり、しぶとい芸能だと思います。
─話も古典落語あり、新作落語あり、多様な面白さがありますよね。
仁智 大衆芸能ですからね。先輩方が築いた古典の伝統を守りつつ、後輩に伝えていくのも噺家の務めですが、「古典」とは言え時代と人に練られることで、古いネタですけれど新鮮な笑いにもなります。新作は新作で自分の切り口で新しい笑いのセンスを観てもらうところがあります。お客様は自分に合ったタイプの話を見つける楽しみもあるのではないでしょうか。
─上方落語協会として、喜楽館にどのような協力をしていきたいですか。
仁智 上方落語協会は現在249名の落語家と、三味線の方が14名おりますので、263名で活動していますが、みんな喜楽館を盛り上げていこうと一致団結しています。昼席は繁昌亭と同じ形態で、定席寄席としていつでもみなさまに落語を楽しんでいただけるようにしてまいります。夜については、繁昌亭は上方落語協会のメンバーしか申し込みできないのですが、喜楽館は貸館として活用できますので、落語も上方落語協会の落語家はもちろん、東京の噺家さんの落語会も楽しんでいただけます。落語以外にも踊りの会やジャズの会など、さまざまなジャンルの舞台としても積極的にご利用いただけるようになっています。神戸市さんも協力的で、当面の間、夜に喜楽館を借りて、新開地商店街界隈のお店で買い物や飲食をすると、貸館料の半額を補助していただけるんです。上方落語協会は8月15日・16日の夜席で、西日本を襲った平成30年7月豪雨災害チャリティー落語会を開催しましたが、このような活動にも活用していきたいと思います。
─神戸の人たちに一度ぜひ喜楽館へ来てもらいたいですね。
仁智 神戸は僕にとってもネタおろしをして自信をつけさせていただいた街で、好きな場所なんですよ。そういうところに定席寄席ができて、これからが本当に楽しみです。神戸の方々はもちろん、大阪の繁昌亭にはちょっと遠いという神戸の西の方や北の方にもお越しいただきたいですね。喜楽館には神戸のお客様が醸す神戸の寄席の雰囲気がどんどんできてくるでしょう。また、喜楽館に出ていた若い噺家が成長し活躍するようになると思うので、そういう〝原石〟を探すという楽しみもあります。ですから一度とは言わず、何度も足を運んでいただけるように、上方落語協会一同努力いたしますので、温かい眼で見守っていただければと思います。どうぞ喜楽館をよろしくお願いいたします。
笑福亭 仁智(しょうふくてい じんち)
1952年8月12日、大阪府羽曳野市生まれ。1971年、笑福亭仁鶴に入門(筆頭弟子)。1981年、桂三枝(現・六代文枝)師の誘いを受け、「第4回 創作落語の会」で初の新作「スタディ ベースボール」を口演。以降、新作を作り続け、現在、自作の落語は100本を超える。1995年、若手新作派の育成もかね、新作落語道場「笑いのタニマチ」をスタート。その会も昨年20周年を迎え、記念公演にて文化庁芸術祭優秀賞を受賞