2018年
9月号

兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第八十七回

カテゴリ:医療関係

高額薬剤をどう扱うのか
成熟社会における公的医療保険の守備範囲

兵庫県医師会医政研究委員
さかい眼科院長
坂井 智代 先生

─近年、驚くような高い薬が出てきていますよね。

坂井 日本は成熟社会を迎えており、今後も大きな経済成長が望めないので、医療財源も限りあるものになっています。そんな状況で高額な薬剤をどこまで医療保険でカバーし続けることができるのか危惧されています。

─高額薬剤の問題が深刻になったのはいつ頃からですか。

坂井 医薬品の医療費全体における比率の大きさは1990年代より議論されていて、当時は安全だが効果が十分には実証されていない薬が多くの患者に長期間にわたり投与され続けるケースが問題でした。ところが2010年以降、先進的な医薬品の開発により難病とされていた多くの病気が高い確率で治療可能となったのですが、その価格が桁外れに高額なことが問題になってきました。特に肝炎ウイルス治療薬やオブジーボなどの抗腫瘍薬では、保険収載後に短期間で市場規模がきわめて大きくなり、医療保険財政を圧迫して社会問題となりました(図1)。政府は緊急対応策として市場拡大再算定の特例制度を用い、薬価を半額まで調整し危機を回避しました。

─なぜ高額になるのでしょう。

坂井 一般的に高額薬剤は長期間服用せず、対象者も少ないため大量に売れるものではありません。しかも分子標的だったり個人の遺伝子的差違に注目していたりと生産コストがかかり、製造単価が非常に高くなってしまうのです。さらに製薬メーカーが新薬を開発するのには10年以上の歳月や数千億円もの費用がかかるといわれています(図2)。しかもそれが市場に流通する確率は10%程度で、非常にリスクを伴うのです。

─価格を安くすることはできないのでしょうか。

坂井 いまの政府は国家の成長戦略として医薬品企業を支援しており、新薬開発のリスク回避や経営支援を目的に薬価に複数の加算をしています(図3)。それにより高い薬価を維持して日本の医薬品企業のイノベーションが支えられ、欧州メーカーからも多くの開発投資を得てわが国のドラッグラグが解消してきたという側面があります。ですから加算をやめて薬価を下げれば良いのではないかという単純な話ではなく、極端な薬価制限はさまざまな弊害を招くおそれがあり、慎重に進めなくてはいけません。一方で高額薬剤のコストの9割以上が基礎実験からはじまる研究開発費とされていますが、実際の開発コストの詳細は企業秘密で公表されておらず、保険の負担分が国民に還元されたのか、薬価算定式の公平性について疑問視されるようになってきています。これまでの薬価の決定は薬の有効性と安全性の視点から評価されてきました。しかし、薬剤が高額になるということはそれだけ国民負担分が増えるということでもあります。今後は費用と効果とのバランスを考慮することが求められます。

─ではどのようにバランスを取るのが良いのでしょうか。

坂井 薬価制度の問題は社会保障政策でありながら産業政策や科学技術の分野が交錯し、これまで費用的圧力のかかりにくい領域でした。しかし、社会保障費の新しい財源を考えるにあたり、他の公共事業と比較して医薬品企業への扱いの特殊性が疑問視されています。
 第一に医薬品分野だけが市場実勢価格の把握が従前2年に1回であり、その間に新薬の相当部分が市場価格を上回る高価格を維持したまま予算執行されていることが適正なのかが指摘されています。
 第二にいまの薬価制度で医薬品について真の価値の評価ができているのか、価格が適正なのか、新薬であれば何でも評価していないか、イノベーションとしての政府対応は適正なのかということも疑問です。
 第三に新薬開発費のための原資を医療保険財政に頼りすぎていないか、研究開発環境を改善し創薬コストの低減化のための産業構造の転換が必要ではないかという議論もあります。以上の3つの大きな課題に対し、薬価改革での是正が進められています。

─高額薬剤の取り扱いについて、大切なことは何ですか。

坂井 高額薬価を尊重しつつ保険財政の持続可能性を高めるためには、薬価の問題と供給体制の両面から考えていくことが重要です。薬価の問題では高額薬剤に対する薬価統制を適切に機能させる必要があり、費用と効果のバランスに考慮しながら必用かつ適切な薬剤は保険財政を圧迫しない適切な価格で速やかに保険収載すべきです。そのための薬価の調整は診療報酬上の議論だけではなく、オールジャパンで創薬コストを低減化させるための産業構造的な改革も求められます。薬剤の供給体制では医療現場における薬剤選択のあり方も重要で、すでに各専門学会において医療経済学的な視点からの治療選択の議論もおこなわれています。医師による高額薬剤の使用の際には治療効果の科学的な検証を踏まえ、効率的な使用を心がけるべきでしょう。また、調剤薬局や調剤報酬の役割を適正化し、効果的な薬剤供給で無駄を省き創薬力を守る必用があります。

─薬価制度の改革で大切なことは何だと思いますか。

坂井 現在の薬価制度には長い歴史があり、関係各方面とのバランスを取りながら部分改革を積み重ねてきました。その慎重さが日本の医療保険制度の持続性を高めていますので、極端な舵取りを避けながら着実に改革を進めていくことが重要ではないでしょうか。

【図1】超高額薬剤の出現と問題点

【図2】医薬品の開発プロセス

【図3】薬価制度における各種加算の現状

兵庫県医師会医政研究委員
さかい眼科院長
坂井 智代 先生
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