7月号
兵庫県医師会 新会長インタビュー 「県民のみなさまのために日本の医療を守りたい」
県民のみなさまのために日本の医療を守りたい
一般社団法人 兵庫県医師会 会長 空地 顕 一
医師の不足や偏在、TPPによる皆保険制度への影響、
高齢化と増大する医療費など、日本の医療はさまざまな課題を待ったなしで抱えている。
それらにどう立ち向かうのか? そして新たなチャレンジは?
新しく兵庫県医師会の会長に就任した空地顕一先生にうかがった。
地域の実情に応じた課題解決を
─空地会長は姫路市医師会の会長を務め、姫路の救急医療の整備に尽力をされたそうですね。
空地 姫路では医療機関が機能分担して地域医療を支えてきた歴史があります。内科・小児科は姫路市医師会が運営する休日・夜間急病センターが担当し、外科、整形外科、脳外科など10系統では医療機関が輪番体制をとり、一次救急を医師会が担う姫路市の救急のシステムは全国のモデルと言われていました。ところが平成16年に新臨床研修制度が導入され、中堅の医師が大学や大病院に流れ、二次救急からドクターの引き揚げがおこったのですね。さらに患者の権利意識も強まってきました。そのような状況が相まって医療機関が救急へ参加することが難しくなり、一気に体制が崩壊してしまったのです。そして平成19年に、姫路市内で吐血した患者さんが市内の救急病院に搬入できず、結局赤穂市民病院へ運ぶ途中で亡くなられ、全国的なニュースになりました。それが契機となり、姫路市が三次救急拠点を整備し、医師会も急病センターの体制を拡充するなど救急体制の再構築がはじまったのです。まだまだ厳しい状況ですが、市民の生命を守るためにも継続して体制の充実を目指しています。
─兵庫県医師会に就任されましたが、兵庫県では地域間の医療格差が目立ちます。この問題にはどのように取り組んでいきますか。
空地 兵庫県は日本の縮図で、大都会もあれば山間部、降雪地帯、離島もあります。医師の偏在傾向も強く、住民あたりの医師数も、神戸と阪神南部以外は全国レベルより2~3割も少ないのです。今まで姫路の医療を見てきましたが、そこから考えると、どこでもちょっとしたきっかけで医療崩壊が起こり得ると思います。まずは医師や医療関係者を確保して、崩壊しないような基盤づくりが大切です。また、地域により状況に差があります。医療機関の数や診療科の種類など医療の提供側もそうですが、人口密度や高齢化率、産業構造なども違います。そして考え方も違うのですね。ですから地域地域の実情を知って、分析して、課題を抽出して、地域に合った形で解決することが必要です。それぞれの事情は地域医師会がよく知っていると思いますので、一緒に取り組んでいきたいですね。県医師会はドクターバンクを運営していますが、どの地域でも医師は不足しており、まだ十分に機能していませんが、ベテランの医師で故郷や地域に貢献したいという方もおられます。U・Iターンのサポートもひとつの課題ですね。
経験を生かして震災に備える
─今年は熊本で震災があり、医師会も支援に行きました。阪神・淡路大震災被災や東日本大震災の支援の経験は生きましたか。
空地 阪神・淡路大震災の時は被災者の側で、それを契機にJMATやDMATができました。当時、全国から多大な支援をいただいたことは嬉しくありがたいことでした。一方で現地の医療機関が回復していく中でいつまで支援すべきなのか、必要な医療が必要な場所に届いているか、災害弱者やメンタルの問題にどう対応していくか、いろいろな課題も浮き上がってきました。クラッシュシンドロームのように、救出されても助かる命が助からなかった場合もありました。東日本大震災の際にはいち早く川島龍一前会長が現地に入り、石巻中学校で救護所を開設、3ヶ月ほど継続して支援活動をおこないました。その際は、例えば小児科が必要なら小児科医を、眼科が必要なら眼科医を、被災地の必要性に応じて派遣することができました。今回の熊本の地震でも川島前会長ら第一陣が翌々日に現地入りし、必要な期間に必要なチームを迅速に送り込み、5月29日まで継続して支援しました。このときは主にコーディネーターとして活動しましたが、石巻での経験が生きたと思います。
─今後、東南海地震や南海地震への警戒も必要ですが、それに対する備えはいかがですか。
空地 県内が被災した場合はもちろん、関西広域連合の協定により兵庫県は徳島県が被災した場合もすみやかに救援に行くことが決まっており、駆けつける準備はできています。それ以外の地域についても日本医師会や被災地の医師会と連絡を取りながら出動できる態勢もできています。JMATへの医師の登録だけでなく、研修などもおこなっています。ひとつ心配なのは山崎断層地震です。9世紀の日本は今と同じく、東北で大震災があり、その後東海・東南海・南海で地震があり、その後に山崎断層で大地震が起きているんですね。山崎断層での地震はかなり大きな地震のおそれがあり、我々が被災者になってしまいます。被災した際にどう行動するか、どう情報を集めるか、看護師会や薬剤師会などとどう連携するかなど、行動マニュアルを定め、訓練をおこなう必要があると思います。それを県レベルだけでなく、地域レベルでもやっておかないと、いざという時に間に合いません。
倫理あってこその先端医療
─消費税増税が先延ばしになりましたが、どのような影響があると思いますか。
空地 消費税はもともと医療費に対して非課税なので、税率が上がっても患者さんの自己負担とはあまり関係がありません。しかし、医療費は非課税ですが、医療機関が購入する医薬品や医療資材・機器は課税対象なので、消費税分はすべて医療機関の持ち出しになっているのです。厚労省はその分を診療報酬に上乗せしていると主張していますが、検証してみると医療機関が数%負担しているのが実情です。もしもこの状況のままで税率が上がった場合、特に多額の設備投資が必要な病院は持ち出しが増えて倒産する危険性があります。一方で、政府は税率が2%上がった増収分をすべて社会保障に回すという方針ですが、税率変更が先送りになった場合、医療そのものが成り立ちにくくなるでしょう。高齢化や医療の進歩で医療費の増加は避けられませんが、それをあまりに切り詰めてしまうと医療崩壊に繋がりかねません。適正な医療には適正な医療費が必要です。しかも日本の医療費は世界と比較しても決して高くなく、むしろ低い方です。それをさらに抑えると、世界が羨む日本の医療制度が崩れてしまいます。
─日本の医療制度は、TPPによっても危機にさらされそうですね。
空地 TPPでは日本の皆保険制度については議論しないとされていますけれど、皆保険だけが残っても使えなければ意味がありません。いま医薬品や医療資材は公定の価格設定がありますが、それが企業による自由競争になるとさらに高額な医薬品などが出て、それを今でさえ危機の医療財政がまかなえるはずがなく、保険外診療となれば医療格差が生じます。日本は高度先進医療でも安全性や有効性がはっきりすれば医療保険に収載され、1~3割の自己負担や高額医療費制度による一定の負担で受けられる非常にすばらしい医療制度なのですが、それが富裕層しか高度な医療を受けられないアメリカ的な医療制度になってしまう危険性があります。
─ポートアイランドで研究されているような先端医療について、どうお考えですか。
空地 自身や家族、友人が健康で長生きというのは万人共通の願いです。ですから先端医療は必要で、その研究も重要です。ただし、先端だけに高い倫理観が求められます。研究者はしっかりと倫理観をもっていなければいけないですし、新しい技術や薬品などは第三者的に倫理性を検証されなければいけないと思います。時間をかけてでも倫理性をしっかり検証した上で進めていく、そういう態度や倫理の裏打ちが絶対に必要です。
もうひとつ大切なことは、成果は万人があまねく享受できるシステムであることです。山中伸弥先生や大村智先生は、高邁な倫理観で、自分たちが開発した技術や薬品を全世界の人たちに等しく広がるよう努力されていますが、これはアメリカ的な金儲け主義と一線を画すものです。ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)という概念があります。これは、世界中のどんな人も、治療や予防やリハビリを、適正で支払い可能な金額で受けられるようにしましょうという思想で、国連でも採択されています。日本国内はUHCが達成できていますので、それを世界に広めていくことが理想です。
もっと地域・県民との繋がりを
─高齢化について、医師会としてどう対応していきますか。
空地 地域包括ケアシステムを郡市レベルでつくりあげていくことが大事です。それは、病気や障害があっても地域で自分らしく生きられる、そういうことを医療・介護・福祉・地域住民も含めてみんなが協力して支えていきましょうということなんですよ。それこそ県内でも地域地域の実情が違います。医療や介護の提供システムも、人と人との繋がり方も、考え方も違うので、それぞれの地域に合った地域包括ケアが必要になってきます。地域の課題を地域でどう解決していくかが大事ですが、それを県医師会としてサポートしていきたいですね。そのためには医療や介護だけでなく、経済や地域社会、ボランティアなどに造詣が深い大学の先生や専門家などに集まっていただいて、具体的な提案をしていただくシンクタンクをつくりたい。中長期的には兵庫県の医療全体を見て、課題は何か、それをどう解決していくかを考えるシンクタンクにしていきたいですね。
地域包括ケアシステムは郡市単位ですが、地域医療構想は二次医療圏単位なので、この2つの基準をうまく整合させないといけません。地域医師会では二次医療圏単位で考えることが難しい面がありますが、兵庫県医師会ならば郡市単位と二次医療圏単位という2つの見方ができるので、シンクタンクからいろいろ提案ができるのではないでしょうか。
─このほか、今後どのようなことに力を入れていきたいですか。
空地 ひとつはICTの活用です。兵庫県は広いので、神戸から遠いところの先生は医師会の委員会や講演会、勉強会などに参加しにくいのです。ですからICTを活用して、県下のたくさんの先生が労力をあまり使うことなく医師会の活動に参加できるようにしたい、これは大変大事なことだと思います。私自身も神戸に来るのが結構大変ですが、姫路の会員でも無理なく会長が務まることを示したいという思いもあります。
もうひとつは、医師会のことをもっと県民のみなさまに知ってもらいたい。医師会は病気の時だけでなく、母子保健や予防接種、検診、産業医や校医など一生を通じてみなさまの健康を守るお手伝いをしています。それがなかなか前に出てこず、県民のみなさまには見えていない部分が多いのですよ。国民・県民のために日本の医療を守りたいとも思っていますが、そこもわかってもらいにくいです。ですから広報活動に力を入れ、いろいろなメディアを活用して、医師会のことをもっとPRしたいですね。
空地 顕一(そらち けんいち)
一般社団法人 兵庫県医師会 会長
1956年、兵庫県姫路市生まれ。1984年、京都大学医学部卒業。1997年、姫路市で祖父、父と続く空地内科院を継承。2012年、姫路市医師会長に就任。2016年、兵庫県医師会長に就任。専門はリウマチ・膠原病。医学博士。日本内科学会総合内科専門医。日本リウマチ学会認定専門医。日本プライマリケア連合学会認定