2017年
10月号

清麗な音色で夙川の人々の心を濯ぐ日本最古のカリヨン|夙川 Shukugawa

カテゴリ:建築, 西宮

 森から注ぐ朝風が爽やかな朝7時、秋空に太陽が微笑む12時ちょうど、そして黄昏が六甲の稜線を映す夕方5時、夙川の街を慈悲深く包み込むように、アヴェマリアの清らかなアンジェラスが流れる。
 アンジェラスとは、天使による聖母マリアへのキリスト受胎告知を祝する、祈りの時を伝える鐘のこと。この音を奏でるカリヨンは、カトリック夙川教会の尖塔の下にある。
 日本最古といわれるこのカリヨンは、23㎏から452㎏まで大小11個の鐘を備え、11の音階を持つ。いずれも今から80年以上前に、フランスで製造されたものだ。アンジェラスは自動演奏によるもので、モーターで巻き上げられたおもりの重力を利用し、さながら巨大なオルゴールのような仕組みで音を鳴らす。デジタル万能の現代に、80年以上前のアナログでメカニカルな機械が真鍮の歯車を回転させて元気に動いている。
 この自動演奏機能のほかに時報機能(現在は停止中)も有し、鍵盤による自由演奏や引き綱による打鐘も可能だ。鍵盤はその一つひとつを押し下げるのに力が必要で、ピアノのような軽やかな演奏はできないが、結婚式などセレモニーに合わせた曲を奏でることができる。鍵盤を叩いたのか引き綱を引いたのかわからないが、幼き頃の遠藤周作は悪戯でこの鐘を鳴らしている。
 大正12年(1923)、カトリック夙川教会は現在の場所に土地を得てカリヨンを備えた聖堂の建設を計画したが、まず大正15年(1926)~昭和2年(1927)にNo.4~6の3つの鐘が到着、仮設のやぐらに設置された。これらの鐘には「1926」のレリーフがある。
 そして昭和7年(1932)4月、聖堂が落成し、その約半年後にすべての鐘が据え付けられ、カリヨンが完成した。当時から自動運転装置など現在と同じ機能を有していただけでなく、時計も備えていたという。
 しかし戦争の時代になり、鐘は金属供出の標的となった。しかし、直径2mあった4面の時計の文字盤などの供出は余儀なくされたものの、多くの人々の嘆願により鐘の供出は逃れた。ちなみに、時計の針もこのとき残り、現在も保管されている。
 戦時中は軍部の指令により機能を停止されていたカリヨンだが、昭和29年(1954)になってベルギー人のヴェルヴィゲン神父により修復がなされ、夙川の街は平和の空の下に再び鐘の音を取り戻した。しかし、神父が転出した後に故障して昭和38年(1963)に止まってしまう。
 その後、機械式から電気式へ改造し、引き綱による打鐘の自動化を試みたもののうまくいかず、結局設置当時の機械式による復旧を目指すことになった。そのプロジェクトに立ち上がったのは、平成21年(2009)に信徒たちのボランティアで結成された修理班。とは言えメンバーは素人同然で、資料や目視による調査からスタートし、手作業で修復作業をおこなった。まずは約半年かけて自由演奏機能を復活させ、西宮市都市景観形成建築物指定の記念式典では鍵盤による演奏を実現。また、手動によるアンジェラスの演奏が可能にまで修復が進んだ。
 ところが自動演奏機能の復旧は一筋縄ではいかなかったようだ。その心臓となる機械式時計のおもりの巻き上げ軸に損傷があり、新しい軸に取り替えたもののなかなか作動せず、時には外部の専門家の力を得ながら歯車の分解清掃や振り子や軸受けの調整をおこない、約2年の歳月をかけてようやく24時間止まらずに動くようになった。「現在も毎日調整しているんですよ」と梅原彰神父が語るように、その後は汗と愛情のメンテナンスに支えられている。
 No.6の鐘には「朝 昼 晩 わたしはあなたの賛美を語り告げよう」とラテン語で記されている。カリヨンは時代を超えてその使命を貫き、今日もその清麗な音色で夙川の人々の心を濯ぐ。

1932年7月、フランスから出荷前にパッカール社で仮組みした写真が残る

幼き頃の遠藤周作が、悪戯でこのカリヨンを鳴らし、神父にこっぴどく叱られたと伝わる

大正12年(1932)に設置された夙川教会のカリヨンは日本最古のもの

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