2017年
10月号
歌川国芳画「美家本武蔵」

兵庫ゆかりの伝説浮世絵 第四十四回

カテゴリ:絵画

中右 瑛

宮本武蔵・丹波山中での妖怪退治

 剣豪・宮本武蔵の武勇伝は古来より伝説・小説や芝居、映画などで語られてきたが、江戸時代には草双紙や浮世絵にも登場し、強豪なスーパースターとして関心を高めてきた。
 いまも各地に残る武蔵妖怪退治は数知れず、浮世絵師の歌川国芳や大蘇芳年の武者絵にも登場する。
 姫路城の刑部姫に乗り移った古狐退治(芳年画)はすでに紹介済みだが、丹波の国での妖怪退治も芳年が描きとどめている。
 武蔵が諸国修行のとき丹波の山奥に入り、幽谷に迷い、突然に現われた空飛ぶ妖怪・野衾(のぶすま)に出遭う。武蔵は一刀のもとに、この妖怪・野衾を切り捨てた。
 野衾とは、空飛ぶ夜行性ムササビのバケモノで、何百年生きた蝙蝠が妖怪となったと伝えられるバケモノだった。
 図の妖怪退治は、空を飛ぶムササビなる獣を見たことがない当時、蝙蝠をイメージして芳年が描いている。
 国芳の絵では、「美家本武蔵」と当て字になっている。詞書には、「丹波の国の山中で年ふる飛衾を斬る図」とある。巨大な野衾の怪異な形相と向き合う武蔵の精悍な表情。「ギャー」という野衾の叫び声が聞こえそうだ。
 恐れず勇気あるスーパースター武蔵に、江戸の人たちは心ワクワク、拍手喝采をしたに違いない。映画やテレビがなかった時代、講談や草双紙、浮世絵武者絵の武勇伝、冒険ドラマに江戸人は酔いしれたのである。

歌川国芳画「美家本武蔵」

大蘇芳年画「美勇水滸伝」

■中右瑛(なかう・えい)

抽象画家。浮世絵・夢二エッセイスト。1934年生まれ、神戸市在住。行動美術展において奨励賞、新人賞、会友賞、行動美術賞受賞。浮世絵内山賞、半どん現代美術賞、兵庫県文化賞、神戸市文化賞、地域文化功労者文部科学大臣表彰など受賞。現在、行動美術協会会員、国際浮世絵学会常任理事。著書多数。

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