2016年
6月号

美は、シルクロードを越えて ~ペルシア絨毯の世界

カテゴリ:お洒落・ファッション,

株式会社絨毯ギャラリー 会長 
大熊 克己 さん

世界最高峰の品質とデザイン。
見て美しく、使うと心地良い手織り絨毯には、
イランやシルクロードの文化や歴史、
そして精神までも紡がれている。
ペルシア絨毯を日本に広めたパイオニア、
株式会社絨毯ギャラリーの創業者の大熊克己さんに、
その魅力をうかがった。

イランと日本は古い友人

─ペルシア絨毯はいつ頃からつくられましたか。

大熊 諸説ありますが、4千年や5千年の歴史といわれています。エルミタージュ美術館に4千年くらい前の墓の副葬品だった絨毯がありますが、それが世界最古の絨毯と言われています。シベリアの永久凍土にあったので、奇跡的に残っていたのですよ。絨毯は、必要に応じて生まれてきたものだと思います。ペルシアは内陸性気候で朝晩の温度差が激しいのです。絨毯の前は羊の毛を刈り取って押し固めたフェルトを敷いていたようです。やがて毛を糸に紡ぐようになり、紡いだらそれを絡めて織って平織り、その次に平織りの目と目の間に毛羽を結んで上で切り下から毛が立っているもの、つまり絨毯へと進化してきたのです。

─なぜデザイン性が高いのですか。

大熊 装飾技法やセンスにおいて、イスラムの文化はすぐれたものがあると思います。日本は不必要な物を削って、シンプルになるべく色を使わないようにしていきます。しかしあちらは豊かな自然がないので、人間の欲としてどうしても身近に色が欲しい。そのためにタイルや床に色を付けたりするんです。日本の真逆です。

─ペルシア絨毯とシルクロードには関わりがあるのですか。

大熊 中国の絹が西へ行き、それが絨毯の素材になりました。カスピ海のイラン側の湖岸はびわ湖の湖岸と似ています。水田があり、畦に桑を植えて養蚕をしています。

─シルクロードの東端、日本へはどのような影響を与えましたか。

大熊 中国では「胡」という字はイランをさします。胡桃(くるみ)、胡椒、胡麻、胡瓜(きゅうり)などは、ペルシャから中国を経て日本へ伝わったのですね。ペルシア絨毯もシルクロードで東へ来て、技術も伝播してきたのですが、日本の鍋島へも朝鮮半島を経てその技術が伝わったのではないでしょうか。あぐらは「胡座」と書きますが、それはイランの生活様式なんですね。向こうでは女の人もあぐらです。また、奈良の大仏の鋳造の時に、イラン人の知恵が入っているのではないかという説もあります。正倉院にペルシア毛氈が納められていますし、秀吉の陣羽織もペルシアキリムでした。イランと日本は太古からのお付き合いなんですよ。

仕入れは職人にお百度踏んで

─大熊さんはなぜ絨毯の仕事をするようになったのですか。

大熊 高校の同級生がなんばの高島屋に就職し、敷物売り場に配属されて、そこへ遊びに行ってはじめて絨毯を見たんですが、すごくきれいだったので絨毯の商売をしようと。それで高島屋の仕入れ先を紹介してもらい、住み込みでアルバイトしながら学校へ通い、そのまま就職しました。当時は戦後の復興と経済成長で、なんぼでも売れたんですよ。その頃最新の機械が輸入され、それまで20m織るのに1日かかったのが15分でできるようになり、さらにダイエーとかニチイとかスーパーができてきたんです。1日3回納品するほど売れました。面白いほどに。

─その後独立されますが。

大熊 1976年に独立して手織りの絨毯を扱いますが、最初は全く売れず苦労の連続でした。ところがNHKでシルクロードという番組が放送されるようになって、風が吹きはじめました。ほんとに思いつきなんですけれど、「絨毯でたどるシルクロード展」という展示会をやったんです。NHKから声がかかり、販売の権利を確保しました。番組がはじまると全国の百貨店で絨毯展を開催し、ペルシア絨毯ブームの火付け役になったんです。

─イランからどのように商品を仕入れたのですか。

大熊 一流の職人は気位が高いですから、何度も通い、すがりついたり、泣き落としたり(笑)。私は英語もペルシア語もダメですから身振り手振り、使える物は何でも使って地べたを這うように商売してきました。日本とは商習慣が違い、それを理解せずに行くとひどい目に遭わされます。日本人は農耕民族ですが向こうは狩猟民族。今日飛んできた鳥を少しでも捕まえておかないと、明日来る保障はない。それが商売の原則です。

─ペルシア絨毯の魅力はどこにありますか。

大熊 パイル(絨毯などの下部から表面に突き出した毛)の上に人間が乗るのですが、パイルが下から押し上げるので「浮かぶ」という感覚なんですね。人間にとって浮かぶというのは快適な条件なんです。高価でも売れる理由はそこにあると思います。一言では言えませんが、感覚的なものがあると思うんです。また、絨毯は「経年美化」します。一番色味に元気が良いのは、買ってから50年から100年です。

感謝を込めて次の世代へ

─絨毯ミュージアムをオープンした経緯は。

大熊 物を売ろうと焦るのではなくて、まずは消費者のみなさんに絨毯を知ってもらおうと。色というのは、文字や言葉では絶対に説明できないんです。目で見るしかない。だからお見せしないといけないと思ったのです。また、生活用具ですから、見るだけでなく踏んで寝転んで触れて実感してほしいのです。絨毯は壁に掛けて見るものではなく、目の高さで見ると一番きれいに見えるようにつくってあるんですよ。

─いま「ギャッベ」が人気だそうですね。

大熊 もともとギャッベは遊牧民が白・茶・黒などの羊の毛の色で織り合わせ、柄にしていたのですが、それにはじめて自然染料で着色したのがゾランヴァリさんです。ウールは春と秋と年に2回刈るんですが、秋の毛は夏に太陽に晒されてガサガサなんです。ゾランヴァリは春の毛なのでやわらかく、チクチクせず痒くなりません。冬暖かくで夏涼しいので、年間を通して使っていただけます。売れるようになった最大の理由は、日本人の女性の感性が、自然な植物染料とぴたりと重なったからだと思います。色が訴えてくるんですよ。赤は茜、茶は胡桃の外皮、黄はザクロの皮を染料に使うことが多いですね。

─今後のチャレンジについて教えてください。

大熊 私がこの商売を始めた時、誰も指導者がいなくて苦労したんです。「胡散臭い」とか「胡麻化す」とか、「胡」の字がつきますよね。イランの商売人がいい加減な商売をしていたのは読んで字の如し(笑)。でも、正しい知識でそこから脱皮しないといけません。そこで、次の世代の人のために「シルクロード絨毯塾」をやっているんです。塾生は絨毯を販売する人が多いですが、それぞれ熱心にパンフレットをつくったりしてくれています。実に楽しいものですよ。それともうひとつ、感謝を込めて、売り上げからアフガニスタンで学校建設をしているNGOに寄付してきたんです。買うことでアフガニスタンの女性に仕事が発生する。売れた金額から子どもたちの教育の支援ができる。「1枚の絨毯で2度の支援」を合い言葉に続けています。今年は桜の苗木を贈りました。ゆくゆく平和になったら、アフガニスタンで花見をしたいですね。

日本でいう人間国宝のような職人の作品もならぶ

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写真上と同じ絨毯。見る角度によって色が変化する。これは毛の流れによるもの

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第一次世界大戦時に作られた絨毯。当時の世界の皇帝や王が描かれている

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左下には、大正天皇の姿が見える

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100年以上前に作られ、保存状態が極めて良い絨毯。経年美化もペルシア絨毯の力

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鍋島藩で使用されていた絨毯織機

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ヨーロッパの影響を受けたデザイン

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「シルクロード絨毯ミュージアム」では歴史的に価値のある絨毯に触れることができる

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織糸の味わい深い色合いは、草木染めによるもの

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ペルシア絨毯はシルクロードを経て佐賀鍋島藩に伝わったと記されている

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20160605001

南ペルシアの遊牧民がつくる絨毯「ギャッベ」。ゾランヴァリ社の日本代理店も務める

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日本でも人気の高い「ギャッベ」。色合いやデザインはもちろん、素朴で優しい肌触りも特徴。壁に掛けてインテリアとしても楽しめる

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4つのテーマに沿って商品を紹介する

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20160605202

ゾランヴァリ日本総代理店

 株式会社絨毯ギャラリー
神戸市東灘区向洋町中6-9
神戸ファッションマート3階
TEL.078-857-0415
営業時間:10:00~18:00
定休日:毎週水曜日
(祝・休日の場合は平常通り営業)

シルクロード絨毯ミュージアム

開館時間:10:00~17:00 休館日:毎週水曜日
入館料:大人・大学生300円/高校生以下無料

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大熊 克己(おおくま かつみ)

1943年、兵庫県加東郡(現:加東市)生まれ。県立社高校、大阪商業大学を卒業後、大阪住吉の絨毯メーカーへ就職。1975年に独立し、株式会社絨毯ギャラリーを開業。1986年、『ペルシア絨毯図鑑』を発行。1988年、ならシルクロード博・シルクロード手織り絨毯館出展。2000年、神戸六甲アイランドに出店し、同地にシルクロード絨毯ミュージアムをオープン。1997年、「開運!なんでも鑑定団」(テレビ東京)に絨毯鑑定士として出演。2006年「美の壷」(NHK)に出演。2011年より現職

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