10月号
豊かな〝食〟で未来をひらく
株式会社ロック・フィールド 代表取締役社長 古塚 孝志さん
RF1(アール・エフ・ワン)や神戸コロッケで有名な惣菜大手のロック・フィールドに、49歳という若さで社長に就任した古塚さんが目指すところは、「食といえばロック・フィールドと言っていただくこと」。その方向性や取り組みについてお聞きした。
工場は安全・安心な食のため、働く人のため
―ロック・フィールド入社のきっかけは。
古塚 大学は工学系だったのですが、アルバイトで様々な食品関係の工場で働く機会がありました。将来どんな職業に就くかを考えたとき、食品製造に興味もあり、さらに工場の機械設備などで役に立てるのではないかと思いました。ただ畑違いの工学系のため食品関連企業から大学へそれほど求人はありませんでしたが、就職課で「神戸にロック・フィールドという会社がある」と紹介されたのです。会社案内を見ながら訪ねてみたところ、ヨーロッパのデリカテッセン(持ち帰り惣菜)を日本で事業化した会社で、じわじわと売り上げも上がっていました。私は学生ながらも漠然と、将来の可能性を秘めている会社ではないかと感じ1988年に入社しました。以来26年、現在に至っています。
―入社後、静岡ファクトリーの立ち上げに携わることに?
古塚 入社3年後の1991年、静岡の新ファクトリー第一棟立ち上げメンバーに加わるため転勤し、ものづくりをしながら設備関係を担当するようになりました。2000年に竣工した第二棟立ち上げでは、プロジェクトリーダーを任されることになったのです。
―RF1のサラダ等を生産する主力工場ですが、立ち上げはご苦労もあったのでしょうね。
古塚 私にとっては初めての大きなプロジェクトでしたので、試行錯誤の連続でした。立ち上げの2年ほど前から岩田社長(当時)の命を受け、国内はもとより海外の食品工場を見学して回りました。工場内で働くというのはどうしても閉塞感があり、肉体的に厳しい場面もあります。出来る限り現場の声を聞き、まず働きやすい環境を作りたいという思いがありました。もう一つは当然のことですが、食品工場ですから衛生面はもちろん、温度や空調の管理、掃除のしやすさなどの問題を解決し、いかに商品のグレードを上げられる環境にするか苦心しましたね。
―ファクトリーすべて安藤忠雄さんの設計だそうですね。
古塚 実は静岡ファクトリーは安藤忠雄さんが手がけた初めての食品工場なのです。デザインは、外観はもちろん、働く人たちが利用する場所も含めて素晴らしい空間になっています。また製造現場についても機能性重視という私どもの要望を理解していただき、こちらも理想的な空間になっています。
2003年に竣工した川崎市の玉川ファクトリー、2004年に竣工した神戸ヘッドオフィス・ファクトリーも安藤忠雄さんに設計していただきました。神戸ヘッドオフィス・ファクトリーは大手百貨店の物流センターだった建物を本社と工場としてリノベーションしたのですが、このプロジェクトでもリーダーとして立ち上げました。
―会社や工場が多方面から社会的な評価を受けていますね。
古塚 デザインを取り入れた経営や、工場緑化への取り組みなどを評価していただき、ありがたいことだと思っています。企業活動は、利益を上げることも大切ですが、同じように地域活性化や社会貢献も大切です。これは岩田会長がずっと持ち続けてきた思いです。その結果、賞という形で評価をいただいています。デザイン・エクセレント・カンパニー賞、ハイ・サービス賞は、賞のスタート時に第一回目の受賞企業に選んでいただき、光栄に感じています。また静岡ファクトリーは1991年の竣工時から現在まで、地道に緑化に取り組んだことで緑化優良工場にも選んでいただきました。
―評価の高い工場ですが、一般見学も受け入れているのですか。
古塚 静岡ファクトリーは当初から見学コースなどを設け、現在は主に近隣地域の小中学生を対象に実施しています。企業活動の一つとして、静岡ファクトリー内に設置している風力発電やビオトープなどの見学を通して、自然環境を子どもたちに実体験してもらうことを目的にしています。サラダの加工現場見学や試食なども行っていますので、食育にもつながるものだと考えています。その結果として、「将来こんな企業で働いてみたいな」と思ってもらえれば、それも良しと考えています。
―保育施設も充実させて働く女性を支援していますね。
古塚 社内での保育施設は人材確保という観点から静岡ファクトリーで始まり、神戸ヘッドオフィス・ファクトリーでも開設することになりました。働きたいけれど小さな子どもがいるので出られない、出産後辞めざるを得ないなどという若い女性に長く働き続けてもらうことで、仕事の習熟度が高まり、生産性を高めることができます。保育施設は敷地内にありますから、安心して働けると思いますね。
―トヨタ生産方式を取り入れてきたそうですね。
古塚 1999年のことですが、岩田社長(当時)が「これからロック・フィールドはトヨタをライバルにする」と宣言したのです。当社のものづくりを突き詰めて考えると「日本のものづくり」を忠実に、革新的に続けているトヨタに行きついたのです。トヨタさんには我々社員の研修を受け入れていただき、またベテラン社員の方に来ていただいてカイゼンを推進してもらいました。
―トヨタとロック・フィールドでは扱う商品は全く違いますね。
古塚 ロック・フィールドの惣菜は新鮮な素材を使います。短時間で作り、いかに鮮度管理と衛生面の安全性を保つかが重要ですから、製造段階で自動車とは違う面もあります。しかし、ムダを省き生産性を高め、結果的に品質を高めるという考え方は共通しているものです。現在約500種類の惣菜を全国の約330店舗に毎日配送できていますが「ライバルはトヨタ」という発想、またトヨタさんのご支援がなければ行き着かなかったと思います。
豊かな食を提案するために
―今後どのような商品を作りたいと考えていますか?
古塚 これからは益々女性が活躍する時代です。持ち帰りのお惣菜がより求められる時代でもあります。ただ利便性や空腹を満たすだけの食ではなく、付加価値の高い食卓を豊かに演出するような食を提供したいと思います。一方で少子高齢化が進み、来店頻度が減る高齢のお客様に対し、美味しさを保ったまま日持ちのする惣菜を強化したいと思います。
そのために、ものづくりの原点に返って生産の技術革新にも取り組みたいと思います。たとえば野菜はカットの仕方次第で鮮度、見た目の美しさ、おいしさも変わります。手作り感を出す部分では人の技術や創意工夫を追求しますが、機械化できる部分は進めていき、人と機械を融合させていきたいと思います。
―近年、上海や香港にも出店されていますね。
古塚 RF1を上海で2店、香港で1店を出店しました。時間の経過とともに徐々に支持されてきているのを実感しています。RF1の認知度は徐々に高くなってきていますので、今後の可能性は大いにあると考えています。
―新社長として、今後のロック・フィールドに思うことは。
古塚 企業にとって利益を上げ、規模を拡大していくことは大切なことですが、私が大切にしたいのはまず足元を固めることです。新店舗のオープンだけでなく、既存の店舗も魅力的にしていかなければいけません。私が描いているロック・フィールドの将来像は、サラダや惣菜など中食の会社というだけでなく、〝食といえばロック・フィールド〟と言っていただけるような会社です。「ランチ何しようかな?」「晩ごはん何しようかな?」「健康的な食にしたいな」などさまざまなことに対して「答えはロック・フィールドにある」と言っていただけること。そのために重要なことは、食に対する同じ思いを持った人材を育てることです。人は宝ですからね。その結果として、企業の成長につながることが理想的だと思っています。
―これからも豊かな食の提供に期待しています。本日はありがとうございました。
古塚 孝志(ふるつか たかし)
株式会社ロック・フィールド 代表取締役社長
1965年、兵庫県西宮市生まれ。1988年(株)ロック・フィールドに入社し、2000年、静岡ファクトリー第2棟建設のプロジェクトリーダー。2007年、執行役員静岡ファクトリーマネージャー、2013年、常務取締役生産本部長を経て、2014年7月、代表取締役社長に就任