8月号
神戸鉄人伝(こうべくろがねびとでん) 第31回 芸術家女星編
剪画・文
とみさわかよの
創花人・ミモザグループ主宰
佐藤 悦枝さん
本物と見まごう小菊、小さなカスミソウの一輪一輪、枝に巻き付く蔓…。佐藤悦枝さんの作品を見る者は皆、その卓越した技術と生き生きした花の美しさに驚嘆します。「娘時代、マキシンのウィンドウは、夢の窓でした」と語る佐藤さんが、ディスプレイの帽子を飾る花に導かれ、花創りの道に進まれた話は有名です。「今思えばあのウィンドウは、彫刻家の新谷英夫先生が手掛けていらしたのね。あの頃が神戸が一番神戸らしい、手づくりの文化に溢れた、味のある時代だったのかもしれないわね」と昔を懐かしむ佐藤さんは、神戸を再びファッション関係のものづくりの拠点にしたいという夢をお持ちです。その心意気を語っていただきました。
―有名な帽子店、マキシンで見た造花がきっかけで、花創りを始められたとうかがいました。
マキシンのショーウィンドウの麦わら帽子に、マーガレットが付いていたの。それが可愛くて、でもお小遣いで買える額じゃなくてね。じゃ自分で作ろう!と思って、店に入って「あのお花、どなたが作ったんですか?」って訊いて、作者の木村貴多子先生を訪ねて「教えてください!」ってお願いしたの。高校三年生の時のことよ。
―花創りも、いろいろな方法がありますね。
造花はヨーロッパでファッションの一部として始まって、木村先生の師にあたる飯田深雪先生(故)が、それを日本に持ち帰ったの。もともとドレスや帽子の装花だったものを、花器にアレンジするという発想も飯田先生。ブームだった頃はカルチャースクールでも、ペーパーフラワー、フェザーフラワー、ロイヤルフラワーにフラワーアレンジメント…いろいろな技法が乱立してたわね。私も花に関しては、ありとあらゆる事を習いましたけど、白い布から好きな色に染めるのが楽しくて、アートフラワーにはまりました。
―あまりに精巧で見とれてしまいますが、制作はどのように?
まず生の花を見て、型紙を起こしていくの。本物そっくりがいいか、独創的なものが合うのかは、その時のドレスと着る方のイメージに合わせて。色は「白」といってもオフホワイトからクリームっぽい白、ピンクがかった白など多数あるんですよ。花がドレスの雰囲気をよりよいものにするよう、心掛けて作ります。職人芸の世界やね。パリではビーズやボタン、プリーツ加工や織など、オートクチュールを支える技術が、それぞれの工房で職人に伝えられて、ファッション文化を守ってきました。造花もそのひとつだから、あくまで実用品なのよ。
―ファッション都市神戸は、今はものづくりよりお店中心になっている気がしますが、一昔前の神戸は婦人服・紳士服の職人が集まる街でしたね。
今の若い人は作ることを究めるより、自分のショップを持つことが夢みたいね。ちょっと習ったらもう次のことを習いたがるし、習い事も昔とはずいぶん傾向も変わって、語学やダンスが主流。コツコツものを作ることが、少なくなっていますね。でもやっぱり神戸はファッション文化発信の地、ものづくりの拠点であって欲しい。神戸の特産品・スイーツが脚光を浴びて、その材料を提供する農業にもスポットがあたったように、ファッションを支える技術にも注目が集まったら…と思うの。「神戸に行けば一流の職人さんに会える、良い技術を学べる」と若い人が集まってくるようになれば、理想ね。
―今度、海外で展覧会をされるとか。
来年の秋、花創り50年の記念に原点に戻って、パリで小さな個展を開催します。パリはやはり、オートクチュールを世界に発信している街で、造花の故郷ですから。タイトルは「風に吹かれて」。パリの造花の手技が、風に乗って日本にやって来て、それを習った私の創った花が、また風に吹かれてパリへ…というコンセプト。フランスの造花が、日本人の感性でどう変わるのか、ぜひ見て欲しい。パリの人が、ひとりでも通りすがりに目に留めてくれたらとても嬉しいわ。
―作家として、そして女性として、夢かなえた人生と言えますか?
私が存分に創り続けてこれたのは、一昨年亡くなった両親が理解者だったから。売ることを目的にせずに、好きなものを好きなように制作して、夢を追い続けられたことに感謝しています。実は私、結婚に関しては一度頭を打っていて、同じ人に再びプロポーズされての再婚なんです。彼は「君は君、僕は僕」の人でね、若い頃はそれがもの足りず寂しく感じられたけど、今はそういう人だからこそ私が、自分の世界を持ち続けてこれたんだ、と思いますね。お花を通じて様々な人とご縁をいただいて…幸せ者ね、私は。本当に、そう思います。これからも神戸で、ものづくりの楽しさを教えていきたい。まだまだ実現したい夢があるから、頑張ります。
(2012年6月11日取材)
とみさわ かよの
神戸市出身・在住。剪画作家。石田良介日本剪画協会会長に師事。
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。
日本剪画協会会員・認定講師。神戸芸術文化会議会員。