6月号
世界の民芸猫ざんまい 第一回
「我輩は 黒猫 である」 捨て猫奇縁
中右 瑛
我輩は黒猫である。
名前はまだ無い。
どこで生まれたかとんと知らない。
生まれて間もないとある日、我輩は無情にも捨てられたのだ。その理由は、兄弟がみんな白猫だったが、どうしたことか、我輩だけが黒猫だった。他人の子が混ざっていたと勘違いされてしまったらしい。それが原因で、突然!我輩に不幸が起こった。まだ子猫だというのに、黒猫であるがために無情にも公園に捨てられたのだ。
ニャーニャーと鳴いて助けを求めたが、ダメだった。時間がたち腹ペコで声も出なくなり、遂に餓死寸前、我輩はもうだめだと覚悟を決めたとき、人間の気配を感じ、最後のうめき声をあげた。その直後、奇跡が起こった。人間に拾われたのだ。
「捨てる神」、イヤ我輩にとっては「捨てる鬼あらば、拾う神あり」で、我輩は幸運にも救われたのである。
その人こそ、我輩の命の恩人で、いまの飼い主・ご主人様である。後でわかったが、我輩が黒猫でなかったら、今の我輩はなかった。その理由は、ご主人様が黒猫に強い執着心を持っていたことにある。このくだりは徐々に明らかになる。
ご主人様は、とある浮世絵コレクターである。浮世絵に関しては一癖も二癖もあり、屁理屈や一家言を持って、なかなか口うるさい。「写楽は十八歳だった!」とか「安藤広重という浮世絵師はいない?」「北斎には影武者がいた!」など逆転発想の天外な話をする。あの著名な浮世絵師の北斎を「あホクサイ」、写楽を「シャラクさい」と茶化す。挙句の果ては、「我輩は写楽」だとか「我輩は夢二」だとか大法螺を吹聴している。
我輩はご主人様が抽象画とやらを描くところを見たが、何が描かれているのかとんとわからない。抽象画家とは云っているが、誰も認める者はいない。世に下手くそな画家がいっぱいいるが、皆、売れっ子となって、ちやほやされているのが悔しいらしい。
ご主人様はいつも懸命になって描いた抽象画と対峙している。未来派とか宇宙派とか言って余りにも行き過ぎた未来趣向の遠深な抽象画であり過ぎて、理解するものがいない。自分は百年早く生まれ過ぎたと、憤慨している。
我輩とご主人様との不思議な奇縁のドラマは波乱にみち、これから先、思いもよらない事件に遭遇する。
■中右瑛(なかう・えい)
抽象画家。浮世絵・夢二エッセイスト。1934年生まれ、神戸市在住。行動美術展において奨励賞、新人賞、会友賞、行動美術賞受賞。浮世絵内山賞、半どん現代美術賞、兵庫県文化賞、神戸市文化賞、地域文化功労者文部科学大臣表彰など受賞。現在、行動美術協会会員、国際浮世絵学会常任理事。著書多数。