2013年
2月号

広めたい 奥が深い酒造り/沢の鶴株式会社 代表取締役社長 西村隆治さん

カテゴリ:, 日本酒・洋酒・ワイン

1717年創業の沢の鶴。新しい挑戦をしながら伝統を守る、第14代当主の西村隆治さんに、日本酒の飲み方あれこれ、灘のことなどお聞きした。

―今、一番お勧めのお酒は。
西村 「旨(うま)みそのまま10・5」です。通常は15・5度の日本酒のアルコール度数を下げて飲んでいただくのは業界の永年の課題でした。ビールなら5度、ワインなら12~13度ですから日本酒は度数が高いんですね。美味しいので飲み過ぎて、酔うと後に疲れが残ると言われます。そこで、麹を2倍使って度数を下げ、薄くならずに旨みとコクをそのまま残す製法を開発し、特許を取りました。
―旨みそのまま10・5には「山田錦100%」もありますが、やはり酒造りには最適な米なのですか。
西村 酒米として山田錦に勝るものは今のところないでしょうね。「ヘタな仕込みをしても、ヘタな酒はできない」とまで言われているほど…、もちろんそんなことはないんですよ(笑)。まず、米粒が大きく、純粋なでんぷん部分「心白(しんぱく)」が大きい。心白が大きいといい酒が造りやすいのです。その外側のアミノ酸や脂肪酸などの成分は酒造りに混じると雑味が出てしまいます。山田錦は日本酒を美味しくするのに必要な部分が大きいということです。また、酒米は長時間かけて磨き削りますが、粘りがないと割れてしまい、粘り過ぎるといい酒はできません。山田錦には適度な粘りもあります。
―兵庫県産ですか。
西村 山田錦は全国で生産されていますが、やはり裏六甲の地域のものが高品質です。土壌が良いことと、寒暖の差がある気候が良い酒米を育てるのでしょうね。
―連続してモンドセレクションを受賞していますが、どういう賞ですか。
西村 1959年に始まり昨年で50周年という長い歴史を持ち、最も権威あると言われる食品の品質に関する賞です。品質と併せてデザインも対象になってますので、その雰囲気も評価するということでしょうね。沢の鶴は昨年までに、金賞49個、最高金賞11個、更にプレステージ・アワードを受賞しています。これは、沢の鶴の技術水準の高さを証明していると思っています。
―日本酒はやはり「食中酒」として飲むのがお勧めですか。
西村 そうですね、食中酒と言っていただくのはとても嬉しいことです。ただし、吟醸酒だけは食中酒とは限りません。華やかな香りの「ハナ吟醸」と香り穏やかな「味吟醸」があり、ハナ吟醸は食中酒にするには香りが高すぎ、食前酒に向いています。宮水仕込みは味吟醸になりやすいので、沢の鶴の吟醸酒も香り高いものはありますが、どれも味吟醸です。
―では食中酒としての「適材適酒」について教えてください。
西村 天ぷらなど油っぽいお料理に向くのは、生酛(きもと)造り純米の「実楽(じつらく)」。香りとコク、適度の酸味がありますから、濃い味にも負けません。お刺身でも脂ののったものなら合いますよ。
鯛や平目など白身なら「吟醸瑞兆(ずいちょう)」などサラッとしたタイプが合います。肉料理や鰻には大古酒(おおごしゅ)「熟露(じゅくろ)」がお勧め。お料理との相乗効果をぜひ、体験していただきたいですね。
―奥が深い! グルメならぜひ、知っておきたいですね。
西村 理論ではなく、ほとんどの方が経験から学んでおられるようです。ワインにはソムリエがいるように、きちんと勉強した日本酒のプロや、料理と日本酒の関係を熟知した料理人があまり多くないのは残念だと思います。
―地酒ブームですが、居酒屋などには高価なものが多いですね。灘のお酒も神戸の地酒なのにと思いますが…。
西村 地酒は主に純米吟醸酒を置いておられる店が多いですから、どうしても高価になります。地方の酒蔵には、そういったお酒に特化して造っているところが多いようです。辛口の灘の地酒は燗に向きますから、本醸造や普通酒を置いておられる店が多いですね。
―人気の高い沢の鶴資料館ですが開館の目的ときっかけとは。
西村 昭和53年、古い酒蔵をそのまま資料館として公開しました。〝日本酒は日本の文化〟ですから、社員を含め皆さんに酒造りを知ってもらいたいという思いでした。当時は「日本文化?何をバカなことを言っているんだ」と言われましたが(笑)。蔵だけでなく、二千数百点の道具が残っていましたから、潰すのはもったいないという思いもありました。震災で全壊しましたが、新たに免震システムを施し平成11年、再開することができました。
昔の酒造りの工程をそのまま再現した千石蔵ですから、単なる資料館、土産物屋ではないんです。そこで酒造りができます。杜氏がよく「ここで酒を造ってみたい」と言っていました。「灘百選」にも選ばれています。
―西村社長は灘区の地域貢献にも尽力されているとお聞きしました。
西村 いやいや…でも実は、灘百選を提案したのも私なんです。与謝蕪村の句に因んで菜の花を植えようと呼びかけ、「菜の花まつり」の実行委員長も務めています。そろそろどなたかに引き継ぎたいなと考えているところですが(笑)。資料館も、まずは地域の皆さんに見ていただこうというところからスタートしています。地域に支えられ、地元の風土に根ざし、地域の人たちに愛されてこそ地酒ですから。
―「日本酒で乾杯推進会議」の主宰もされていますが、どういう集まりですか。
西村 100人の選抜委員と一般会員で構成されていますが、どなたでも無料で入会いただけます。メールで毎月情報が届き、100人委員会のメンバーの方々に書いていただいたコラムも届きます。酒造組合が主催するイベントでは割引を受けられるものがあります。会員数は現在約三万人です。
―この会の目的は。
西村 日本人が日本酒を飲まなくなっただけでなく、日本文化を軽視する傾向にあります。「日本酒で乾杯」も提案しています。日本文化を大切にすると同時に何とかしようと考えていただきたい趣旨です。では何故、日本酒なのかというと、乾杯は礼講から無礼講に移る境目で、ほとんどが「○○を祈念して乾杯」と言いますね。日本人が日本の神様、仏様、ご先祖様に祈念して乾杯するのですから、やはり乾杯は日本酒がいいのです。
―さて、沢の鶴について、今年は「旨みそのまま10・5」が売りですか。お酒以外の商品でお勧めは。
西村 はい、重点的に売っていく予定です。お陰さまでシニア世代の方から「日本酒は好きだけど最近は飲むと次の日が辛くて。本当にいいものを造っていただきました」というお礼のメールをいただくようになりました。旨みが受けているのでしょうか、女子会でも人気のようです。そのほかの商品では、奈良漬はコクがあり一番人気です。酒粕も旨みがあり定評がありますが、今のところ日持ちの問題もあり、資料館のみの販売です。
―14代目当主としての今後については。
西村 老舗の当主はタスキを渡す駅伝ランナーのようなもの。次の世代にしっかりと繋げるという役目を果たす時期に来ています。中途半端にやり残すことはしたくないですから、新しい挑戦をするというよりは、自分の年齢を考えてできることをきちんとやっていきたいと思っています。
―日本酒のため、地元のためにまだまだエネルギッシュに良い企画を立てて頑張って下さい!

インタビュー 本誌・森岡一孝

アルコール度数を10 .5度まで下げても、日本酒の味わいを失わない
「旨みそのまま10 .5」シリーズ


モンドセレクションで、10年連続、最高品質の商品を生産した企業に送られるプレステージアワードを受賞


酒づくりにまつわる道具や資料を所蔵する昔の酒蔵「沢の鶴資料館」


地元・神戸大学大学院農学研究科と共同で開発した「茜彩(あかねいろ)」


西村さんが主宰を務める「日本酒で乾杯推進会議」の
会員数は現在約3万人を数える


沢の鶴株式会社 代表取締役社長
西村 隆治(にしむら たかはる)

1945年生まれ。1973年京都大学大学院法学研究科博士課程卒業。1974年沢の鶴(株)入社。1984年沢の鶴(株)代表取締役社長。2002年兵庫県酒造組合連合会会長、日本酒造組合中央会理事。2003年神戸経済同友会常任幹事。2006年日本酒で乾杯推進会議運営委員会委員長就任。2012年藍綬褒章受賞

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