2月号
兵庫ゆかりの伝説浮世絵 第四十八回
中右 瑛
明石海峡大橋を望む柿本人麻呂神社
あしびきの 山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかも寝む
これは、柿本人麻呂が詠じた百人一首でお馴染みの有名な和歌である。
三十六歌仙の一人・柿本人麻呂を祀る神社(明石市人丸町)は、明石海峡大橋を望む高台(人丸の丘)に鎮座する。歌道、文学学問、夫婦円満等の神様として祀られている。詳細な生没は定かではないが、飛鳥時代、宮廷に仕えた歌人として『万葉集』『古今集』に400首以上の和歌が収められ、山部赤人とともに歌聖と讃えられた。
西国を何度も往来し、明石大門(明石海峡)の和歌をも残した。
天離る夷の長通ゆ恋ひ来れば 明石の門より大和島見ゆ
『万葉集』所載
留火の明石大門に入る日にか 漕ぎ別れなむ家のあたり見ず
ほのぼのと明石の浦の朝霧に 島隠れゆく舟をしぞ思う
これは「読み人知らず」だが人麻呂作という。
明石ゆかりの柿本人麻呂の遺徳を偲び、仁和3年(887)、月照寺の僧・覚正が寺の裏に祠を建て祀ったのが始まりで、江戸時代の元和5年(1619)、明石築城に伴い、月照寺と共に現在の地に移設し、城主・小笠原忠政は社領40石を寄進した。つづく代々明石城主たち、ときの天皇、皇室からも歌聖・柿本人麻呂を崇敬し、様々な石碑等を寄進、奉納されたという。
境内にある「八房の梅」は、一つの花に八つの実がなる珍しい梅で、元禄期(1702)、赤穂浪士の間瀬久太夫が仇討成就を密かに祈願し、植えたと伝わる。
高台からの眺望は素晴らしく、瀬戸内海、淡路島はじめ、明石の街町や世界一の吊り橋・明石海峡大橋が望まれ、近くの子午線上(東経135度)には明石市立天文科学館がある。
ごく近くの「蛸壺塚」には俳聖・松尾芭蕉の句碑がある。
句碑には
蛸壺や はかなき夢を 夏の月
夏の夜、蛸壺で夢を見る蛸、という意味のユーモラスな句である。この句碑は、古くは柿本人麻呂神社境内にあったという。
■中右瑛(なかう・えい)
抽象画家。浮世絵・夢二エッセイスト。1934年生まれ、神戸市在住。行動美術展において奨励賞、新人賞、会友賞、行動美術賞受賞。浮世絵内山賞、半どん現代美術賞、兵庫県文化賞、神戸市文化賞、地域文化功労者文部科学大臣表彰など受賞。現在、行動美術協会会員、国際浮世絵学会常任理事。著書多数。