3月号
神戸鉄人伝(こうべくろがねびとでん) 第63回
剪画・文
とみさわかよの
グラフィックデザイナー
日下 すゞ(くさか すず)さん
東遊園地の西南角の向かいにあるレトロな雰囲気をたたえた「日本真珠会館」をご存じでしょうか。この2階のデザイン事務所・(株)ファインで、真珠業界の広報を引き受けているのがグラフィックデザイナー・日下すゞさんです。「真珠業者の皆さんとともに、真珠の街・神戸をアピールしてきました」とおっしゃる日下さんにお話をうかがいました。
―真珠業界とのお関わりが深いですね。
私は四国出身で、大阪のデザインスタジオで仕事をしていましたが、結婚して夫と神戸に事務所を構えました。以来いろいろな仕事をしてきましたが、特に真珠業界とは長年のお付き合いになります。「真珠の街・神戸」のシンボルマークを創ったご縁で、イベント企画や会報誌の制作をさせていただき、2002年にここ真珠会館に事務所を移しました。「パールシティ神戸協議会」、生態系を守り真珠を産み出す自然環境を守るための活動をしているNPO法人「ひと粒の真珠」の事務局もしています。
―なぜNPO法人の事務局や真珠イベントにまで尽力されるのですか?
グラフィックデザイナーは単に広報媒体を作ればいいわけではなく、デザインによっていかに対象を知ってもらえたか、いかに顧客を呼び込めたか、そこまで責任があるんです。イベントやワークショップを開催するのも、真珠を作る環境を守ることに一役買うのも、神戸の真珠を知ってもらいたいという思いから。「パールシティ神戸協議会」とは、たくさんの活動をご一緒させていただきました。
―真珠会館の1階に「パールミュージアム」を整備されたのもその一環ですか。
昭和モダニズムの精神に満ちたこの建物ですが、一時は廃墟同然でした。そこでテナント皆で階段やエレベーターを磨いたり、地下に眠っていた真珠作りの道具を飾ったり、解説パネルを作ったりして会館を盛り上げようと努力しました。2008年には「パールミュージアム」としてオープン、神戸と真珠の関係をわかりやすく展示しています。一般の方にも使っていただける「しらたまギャラリー」も併設しています。
―これは企業ミュージアムや地場産業振興館に匹敵する取り組みですね。
神戸は六甲山に反射した柔らかな光が真珠の選別に最適だったので、真珠業者が集まりました。ファッション産業やブライダル産業の根付くまちに真珠はぴったりで、神戸市も1981年のポートピア博でパールプリンセスを創設し、大々的にお披露目しました。でも真珠を地場産業の中心に据えているのは、何と言っても伊勢、志摩。やはり神戸は集散地で、生産地には敵いませんでした。
―この真珠会館も、建て直しが決まったとか。
このビルは有形文化財にも登録されていて、建造物として面白いし建築史上価値もあるのに、壊してしまったらもうそれきり。店子として残念ですけれども、こればかりは建物のオーナーの決めることですからねえ。今、若い人たちにレトロビルは人気だし、神戸の真珠産業をアピールできるシンボリックなものとしてうってつけなのに、惜しいですね。
―デザイナーとして生きてきて、思うところはありますか?
私たちは作家ではないので、常にクライアントの要望を実現する立場です。知らない分野、苦手な分野でも、「こんな予算で、いつまでに」というお客様の要求に応じて仕事をするのが責務。裏を返せば、要望の無いところでは仕事ができないのですが、幸い私の代はこうしてやって来れました。デザインは時代の要請に応えないといけませんから、後は娘に任せます!
旧居留地の一角で、娘のれいかさんと日々の業務をこなす日下さん。襟元には真珠のピンバッジが輝いていました。(2015年1月22日取材)
とみさわ かよの
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。平成25年度神戸市文化奨励賞、平成25年度半どんの会及川記念芸術文化奨励賞受賞。神戸市出身・在住。日本剪画協会会員・認定講師、神戸芸術文化会議会員、神戸新聞文化センター講師。