11月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」第181回
高額療養費制度の
現在地を考える
─高額療養費制度とはそもそもどのような制度ですか。
片嶋 医療費が高額になった場合でも患者さんの負担が大きくならないよう、1か月に支払う自己負担額に上限を設ける制度です。日本では1961年に国民皆保険が実現しましたが、当時は自己負担額に上限がなかったため、大きな病気をすると家計が非常に重い負担を抱える可能性がありました。そこで1973年に高額療養費制度が創設され、その後、家族の医療費を合算できる世帯合算や、治療が長期にわたる場合に負担をさらに軽くする多数回該当などが整備されてきました。
─具体的にどのくらい負担が軽くなるのでしょうか。
片嶋 自己負担の上限は所得によって異なります。例えば70歳未満で一般的な所得の方が、1か月に100万円の医療を受けたとします。通常の3割負担なら窓口負担は30万円ですが、高額療養費制度を利用すれば、実際の自己負担はおよそ8万7千円程度に抑えられ、残りの部分は医療保険から給付されます(図1)。政府・厚生労働省もこの制度を、国民皆保険制度を支える重要なセーフティネットと位置づけています。

(図1)高額療養費の自己負担限度額(70歳未満)の例
─なぜそれがいま見直されているのでしょうか。
片嶋 大きな理由の一つとして、高額な医療が増えていることが挙げられます。近年はがん治療をはじめとして、非常に効果の高い新しい薬が登場していますが、その一方で、一人の患者さんにかかる医療費が1000万円を超えるような高額なレセプトも増加しています。また、少子高齢化で医療保険を支える現役世代が減少する中、保険料負担をどう抑えるかという問題もあります。そのため政府では、所得に応じて患者さんにももう少し負担してもらうべきではないかと議論されてきました。
―実際に自己負担を引き上げる案が出たのですか。
片嶋 はい。2024年に示された最初の改正案では、所得区分を細かく分けながら、自己負担限度額を段階的に引き上げる内容ではありましたが、所得によっては、それまでと比べて負担額が7割以上増えるケースも想定されていました。このため、がんや難病の患者団体などから「治療を続けられなくなるのではないか」「患者の声を十分聞かずに決められている」と強い反対があり、2025年3月にいったん全面的に見送られました。その後、患者団体の代表も参加する専門委員会で改めて議論され、見直し案が作られました。当初案より自己負担の引き上げ幅は抑えられ、長期間にわたって高額な医療を受ける患者さんを守るため新たに年間の自己負担上限も導入されることになりました。一方で、月ごとの自己負担限度額そのものは引き上げられる方向です。
─見直さないといけないほど、高額療養費が保険財政を圧迫しているのですか。
片嶋 高額療養費の総額は確かに増えています。しかし、国民医療費全体に占める割合は直近でもおよそ6~7%程度です(図2)。また、国民医療費全体の増加に対して、高額療養費がどの程度寄与したのかをみると、その割合は限定的です。したがって「高額療養費だけが医療保険財政を大きく圧迫している」と単純に考えるのは適切ではないと思います。

(図2)高額療養費の推移
─にもかかわらず、なぜ厚生労働省は高額療養費制度を見直そうとしているのでしょうか。
片嶋 図3をご覧ください。1000万円以上の高額レセプトの件数は2015(平成27)年度の361件に対し、2024(令和6)年度では2328件と10年間で約6.4倍となっています。政府・厚労省は今回の見直しの理由として、このような高額レセプト件数の増加を指摘しています。しかし、これは裏を返せば、高額な自己負担に直面している患者さんが増えているということでもあります。高額レセプトの要因となる疾病は、2015(平成27)年度では循環器系疾患が約5割を占めていますが、2024(令和6)年度では悪性腫瘍(がん)が約8割と大半で平均金額も増加しています(図4)。大幅な件数や金額の伸びは、近年のがん治療薬であるバイオ製剤などの高額薬剤の登場・普及が大きな要因で、これらが医療保険財政の圧迫に繋がっていると政府は主張しています。

(図3)健保組合における高額レセプト件数の推移
─高額な薬剤費を下げる方法はないのでしょうか。
片嶋 薬が広く使われるようになった場合には薬価を引き下げる仕組みがあります。例えばがん免疫治療薬のオプジーボは発売当初、100mg瓶が1つ約73万円でしたが、薬価改定などによって10年間で約8割価格が下がっています。さらに、薬の効果に対して価格が妥当かを評価する費用対効果評価や、比較的安価なバイオ後続品、いわゆるバイオシミラーの普及も進められています。
─海外では、高額な医療費はどのように扱われていますか。
片嶋 ドイツでは、医療費の年間自己負担に所得の2%(一定の慢性疾患がある場合は1%)という上限が設けられています。フランスでは、抗がん剤など一部の高額医薬品は自己負担がありません。イギリスでは外来や入院は原則無料ですし、スウェーデンでは所得に関係なく一律に年間の自己負担上限が設定されています。ただし、海外では医療機関を自由に受診できなかったり、治療までの待ち時間が長かったりすることもありますので、単純な比較はできません。日本は自己負担がある一方、医療へのアクセスの良さや待ち時間の短さなど、優れた点もあります。
―高額療養費制度は今後、どうあるべきなのでしょうか。
片嶋 高額療養費制度は、重い病気になった時に「お金がないから治療を諦める」ということを防ぐための非常に重要な制度で、医療保険の「最後の砦」とも言われています。一方で、制度が作られた1970年代と現在では人口構造が大きく異なり、現役世代が減り高齢者が増加している以上、この制度だけを聖域として維持することが難しくなっているというのも実情です。ただ、財政が厳しいからといって、高額な医療を必要とする患者さんだけに負担を集中させることには慎重であるべきです。そのためにも薬価や医療材料の価格適正化、費用対効果の活用、保険料や税金を含めて社会全体でどのように負担するのかを考えることも必要です。高額療養費制度をどのように守り、将来の世代へ繋いでいくのか、国民全体で議論していくことが大切ではないでしょうか。

(図4)健保組合における高額レセプト件数の内訳

兵庫県医師会 医政研究委員会委員
片嶋循環器内科・外科クリニック 副院長
片嶋 隆 先生












