11月号

⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol.72
■小説家■ 玉岡 かおるさん
新作の小説や映画に新譜…。これら創作物が、漫然とこの世に生まれることはない。いずれも創作者たちが大切に温め蓄えてきたアイデアや知識を駆使し、紡ぎ出された想像力の結晶だ。「新たな物語が始まる瞬間を見てみたい」。そんな好奇心の赴くままに創作秘話を聞きにゆこう。
第72回は『お家さん』(新潮社)や『帆神―北前船を馳せた男 工楽松右衛門―』(同)など神戸や高砂など〝故郷・兵庫〟の歴史をテーマにした小説を数々手掛けてきた玉岡かおるさんの登場。新作『海へ出でよ―神戸を拓いた海賊たち―』(新潮社)も出身地の三木市に隣接する三田や神戸が舞台。郷土の史実を臨場感豊かに活写する渾身作が生み出される背景について聞いた。
文・戸津井 康之
写真・竹田 武史
郷土の歴史に斬りこむ唯一無二の視座……
神戸港開港160年に秘められた先人の魂
新作のテーマは神戸開港160年
「もうすぐ、神戸港開港から160年という節目を迎えます。それに合わせ、この物語を書こうと思い立ちました」
遡ること約160年前の1868年1月1日。日本を代表する国際港へと発展を遂げる神戸港は開港した。
「今では想像もできないでしょうが、神戸港の開港前。そこには人はほとんど住んでいなかったし、建物もなかった」と説明する。
前作『帆神―』(2021年)で播州高砂の漁師町を描く中、〝故郷の海〟を強く意識し、「次は神戸港をテーマに」と決め構想を練っていった。
『帆神―』の舞台は夫の出身地でかつて暮らした高砂。そして新作の舞台に選んだのは、自身が生まれ育った三木市に隣接する三田。メーンの登場人物たちも三田の出身者たちである。
執筆に際し、三田市の歴史を入念に取材し、地元に伝わる文献などを調べ上げていく。
三田市の関係者たちへ、「次の小説の舞台として三田を描きたい、と伝えたら『三田市史』など貴重な文献を提供してくれるなど、とても熱心にご協力いただきました」と語る。
同時に三重県鳥羽市の歴史も調べていく。
なぜなら、「三田藩の歴史を遡っていくと、三重県の鳥羽藩へと辿り着くからです」と話し、「山に囲まれた三田ですが、歴史を遡っていくと、実は海とつながっていることが分かります」と説明する声に力がこもった。
三田と鳥羽
序ノ章。こんな描写から物語は始まる。
《志摩を根城とする九鬼(くき)水軍の九曜紋を掲げた船団のうち、艫(とも)に「龍」の字がある副帆(そえほ)を掲げた大船がそれだ。
おれの名前龍鉄(りゅうてつ)からとった一字を旗印としたそれらの船には、五十人ちかい仲間が乗り込んでいる。おれが棟梁(とうりょう)として率いる船大工の一統だ》
天正4(1576)年、織田信長率いる九鬼水軍と、毛利輝元率いる村上水軍が大坂湾で死闘を繰り広げ、大坂湾一帯を〝血の海〟に染めた、と伝わる「第一次木津川口の戦い」の一幕である。
かつて三田藩は現在の三田市周辺を領有していた。藩の歴史を辿れば、関ケ原の戦いの後、有馬則頼が立藩するも一時廃藩となり、その後、九鬼水軍を率い〝海賊大名〟と呼ばれた九鬼 嘉隆の孫、久隆が寛永10年に志摩鳥羽から転入し、摂津三田藩初代藩主となる。
小説の主人公は龍鉄の子孫、鹿岳理有(かたけりう)。
理有は三田藩城下の商家の次男として生まれた。
「三田藩の起源は志摩鳥羽の九鬼水軍の〝海賊〟たち。つまり、理有をはじめ現在へとつながるその子孫である三田市民には代々海で育まれてきた〝海賊のDNA〟が脈々と受け継がれているのです」
そんな三田の〝海賊の末裔〟たちが、日本の歴史にどんな影響を与えてきたのかが、小説の中で臨場感豊かに解き明かされていく。
内陸から海へ
理有の読み方は〝りう〟だが、周りからは〝リュウ〟と呼ばれている。龍鉄の血を継ぐリュウ(=龍)として、彼はその宿命に背を押されるように内陸の三田から海を目指す。
それには理由があった。
《嘉永六年、春。日本近海では外国の船が頻繁に出没し、長く続いた鎖国体制を脅かしていた。むろん、内陸にある摂州三田(せっしゅうさんだ)では、その波音ははるかに遠い》
アメリカ合衆国海軍東インド艦隊提督、ペリー率いる「黒船」来航の噂を理有は三田で聞きつける。
《ここ三田藩の九鬼氏は、戦国の世では水軍を率いて華々しく戦った大名だった。だが江戸幕府の世になって内陸に移封されてからは、すっかり船とは縁が切れている》
「だが、たとえ〝三田に移封〟されても理有たち海賊の末裔の思いを内陸に留めておくことはできなかったのです」
日本の歴史の大きなうねりの中で、いつまでも陸地にへばりついていていいのか―と理有たち三田で生まれた者たちが動き出す。
理有たちを突き動かした、この心の奥底から沸き起こる叫びは、近年、戦争が絶えない国際社会の中で萎縮する現代日本人を鼓舞するかのように、玉岡さんの力強いメッセージとして胸に響いてくる。
理有は、師のように慕う三田藩藩校の儒官を町で見つけると、黒船の噂について聞く。
この儒官とは藩校「造士館」で教鞭をとっていた白洲退蔵。
第二次世界大戦後の連合国軍占領下、吉田茂首相の〝懐刀〟として交渉に臨み、GHQから「従順ならざる唯一の日本人」と呼ばれた白洲次郎の祖父である。
「白洲次郎も、実業家だった父、文平も、祖父の退蔵も代々三田の出身者です」
龍鉄から理有へ。退蔵から次郎へ…。
三田藩から輩出された末裔が代々、内陸ではなく常に海から世界を見据えていた―ことを、玉岡さんは彼らが歴史に刻んだ行動を辿りながら小説の中で浮き彫りにしていく。
日本の行く末が心配な理有は退蔵に聞く。
《それで、……先生、日本はどうなるのですか。戦になれば簡単にやられちまって、清国みたいに外国の奴隷にならないといけないんでしょうか」》
退蔵は理有にこう返す。
《「そうだな。日本がどうなるか、行って、見てくるしかない。考えるのはそれからじゃ」》
そう言った後、退蔵は理有に頼み事をする。
《「京祐には無理難題をたのむわけではない。百姓の衣装を用意してほしいのだ」
何のために? 師はそれ以上言わないが、百姓に身をやつして三田を出て、めりけんの船を見に行くつもりなのか》
京祐とは理有の兄で、商家の跡継ぎだ。
「実際に退蔵は黒船を自分の目で見ようと三田から浦賀へと駆け付けています。それも百姓の姿に変装して」と玉岡さんは説明する。
故郷の先人たちの偉業
日本が国際化を遂げるために女子教育に力を注いだ退蔵は、玉岡さんの母校「神戸女学院大学」の創設者の一人でもある。
黒船を見るために江戸へ向かった理有は、一時、学者の家に身を寄せる。
この学者の名は三田藩の川本幸民。
当時の三田藩主、九鬼隆国は幸民を江戸へと送り、蘭学を学ばせていたのだ。
「日本で初めて〝化学〟という言葉を使い、マッチの発明や日本で初めてビールを醸造したのも幸民。日本の化学の先駆者が三田から輩出されているというのも、とても興味深いでしょう」と玉岡さんは語る。
日本が国際的な発展を遂げる重要な拠点の一つとなった神戸港。その開港と発展に小説の中に登場する退蔵たち三田の出身者が重要な役割を果たしていたことが、小説の中で明かされていく。
「三田出身者たちの活躍なくして現在の神戸港の繁栄はなかったのです」と玉岡さんは強調した。
『帆神―』の舞台は江戸後期。播州高砂の漁師から廻船問屋の海商へとのぼり詰める工楽松右衛門の一代記を描いた。
彼が発明した「松右衛門帆」が日本の海運業に革命をもたらすが、「その偉大な功績は地元でもあまり知られていなかった。それなら小説で伝え、多くの人に知ってもらおう」。玉岡さんはそんな一念からこの長編を執筆し、第16回「舟橋聖一文学賞」と第41回「新田次郎文学賞」をW受賞している。
「なぜ、歴史に多大な影響を与え、日本の進歩に貢献した先人たちが、地元でさえあまり知られていないのか」。玉岡さんが抱いてきたこの素朴な疑問と郷土の先人への敬意が、数々の小説を生み出す原動力になっていることが、著作を辿っていけばよく分かる。
神戸に実在した商社「鈴木商店」の女性店主、鈴木よねを主人公にした『お家さん』は刊行後、舞台化やテレビドラマ化されるなど話題を集めてきた。
よねの功績は、小説『お家さん』によって現代日本人に再認識され、改めて評価されたといえるだろう。
知られざる歴史に光を
郷土の歴史をテーマにした小説を手掛ける一方、舞台・演劇にも造詣が深く、4年前、観世流シテ方、片山九郎右衛門氏のために、初めて能の原作・台本の執筆に挑んだ。
この新作能『媽祖―MASO―』は2022年4月に京都観世会館で初上演され、来年1月27日、28日、京都市内の「ロームシアター京都」での再演が決まった。
宝塚歌劇にも詳しく、宝塚歌劇団の月刊機関誌『歌劇』に、エッセイ『玉岡かおるの/ただ歌劇が好きなだけ』を約5年にわたって連載している。
さらに、新たな創作に挑む。
「来年公演予定のOSK(日本歌劇団)のミュージカルの脚本を初めて執筆したんですよ」と声を弾ませる。
タイトルは『姫君の賦(ふ)』。
小説『姫君の賦 千姫流流(りゅうりゅう)』(PHP文芸文庫)を自らミュージカルの脚本として執筆する初の試みだという。
小説に能やミュージカルの脚本…。挑む創作のジャンルは広がり続ける。
1987年のデビュー以来、長らく女性を主人公にした作品を手掛け、『帆神―』で初めて男性を主人公に歴史長編を描き、新作も男性が主人公だった。
「次の主人公は?」と聞いてみると、即答で、「もう男性はいいかな。次は女性が主人公です。まだ内容は明かせませんが」と教えてくれた。
新作も歴史をテーマに描くが、「名を馳せた権力者たちには興味がありません」とも。
間もなく作家デビューから40年という節目を迎えるが、これからも、人知れず郷土の発展のために尽くした名も無き先人たちに光を当て、知られざる史実を浮き彫りにしていくつもりだ。
長年暮らす兵庫県加古川市の自宅を創作の拠点に、郷土の先人たちが脈々と築き上げた〝真の日本の歴史〟に、ペンの力で肉薄してゆく唯一無二の視座は不変である。

OSK日本歌劇団の公演「姫君の賦」で初めてミュージカルの脚本に挑んだ

「次の長編の主人公は女性です」と新作の構想を教えてくれた

三田や神戸。これからも故郷・兵庫県の史実を掘り起こしていくつもりだ


大阪の仕事場にて
玉岡 かおる(たまおか・かおる)
作家。1956年、兵庫県三木市生まれ。神戸女学院大学文学部卒業。1987年、『夢食い魚のブルー・グッドバイ』で神戸文学賞を受賞し、作家デビュー。『お家さん』(2007年、新潮社)、『負けんとき―ヴォーリズ満喜子の種まく日々―』(2011年、新潮社)など著書多数。2021年刊行の『帆船―北前船を馳せた男 工楽松右衛門―』(新潮社)で、2022年、新田次郎文学賞、舟橋聖一文学賞を受賞。
新作『海へ出でよ―神戸を拓いた海賊たち―』(新潮社)は全国の書店などで発売中。












