8月号
神戸鉄人伝 第116回 日本南画院理事 理事審査員 石黒 柏堂(いしぐろ はくどう)さん
紙の上に花開く、墨色の牡丹。その花びら一枚一枚に目を凝らすと、さっと運んだ筆の「一筆」であることがわかります。計算された墨のグラデーションが、花びらの膨らみを感じさせ、花の立体感を醸し出します。「水墨画は墨の濃淡と筆勢で画面を作ります。シンプルな技法なだけに、身に付くまでは練習しかありません」とおっしゃるこの道半世紀の石黒さんにお話をうかがいました。
―講師として多くの場で教えておられますね。
昔はむしろ教えることに興味無くて、展覧会に出品することが主な活動でした。区民センターなどの講師を務めるようになって、自宅でも指導していた時期を含めるともう40年くらいでしょうか。現在はカルチャー教室での指導に軸足を置いています。
―なぜ水墨画の世界に?
子どもの頃から漫画を描くのが好きで、図画工作は得意でした。水墨画との縁は、故・左野柏葉先生の描いた蘭の花を見てすごい!と思ったところから始まります。先生に師事し、神戸市展、明石市展、芦屋市展で入賞、西宮市展で第一席になりました。さらに腕を磨きたくて故・柳澤翠月先生に師事し、日本南画院展での入賞を果たし正会員になることができました。1979年のことです。
―順風満帆の後、ご苦労もあったとか。
日本南画院は大きな団体なので、組織改編などの事情で長く辛い思いをした時期もありました。いっそここを去ろうかと考えていた時、昔からの仲間が「今さら辞めるのはもったいない、違う先生の門下に入っては」と助言してくれたのです。そして町田泰宣先生に師事し、再び活躍の場を得ることができました。
―海外でも展示をなさっていますね。
1990年に当時の貝原兵庫県知事、笹山神戸市長のメッセージを頂き、パリやモンペリエなどフランスの5都市で展示を行ないました。技法を公開すると、筆1本で濃淡を描き分ける技術は大変な注目を集めました。いくつもの筆を用いて、色を重ねて描く洋画との違いに驚かれたのでしょう。
―水墨画と洋画の描き方はかなり違うのでしょうか?
たとえば顔を描く場合、洋画はまず輪郭を描いてから中へと描き進む。水墨画は目鼻立ちを描いてから輪郭へと移る。水彩画や油彩画を学んだ人が水墨画を描く時は、頭を切り替える必要があります。もののかたちを知るために写生を行なうのは共通です。そしてどんな絵画でも、基礎をきちんと身に付けることが大切なのは言うまでもありません。
―自ら執筆された「水墨画の基礎」は、正に初心から学べるテキストです。
僕の指導は、人前で描けるようになることを目標としています。教室ではお手本を見て描く「臨画」を何度も繰り返します。これは書家が臨書をするのと同じです。墨のつけ方や筆の角度などを、僕の描き方を見て学んでもらう。僕は口下手なのであまり誉めることはありませんが、押し付けることもしないように気を付けています。
―教える者として、心掛けておられることは?
描線を見れば、その人の性格がわかるものです。不思議なもので描き手によこしまな気持ちがあると、それが絵に表れてしまう。やはり清々しい描線で美しい絵を描けるように指導したいですから、日頃から欲や雑念にとらわれないよう心掛けています。
(2019年5月23日取材)
水墨界の重鎮でありながら、堅気で誠実な石黒さんでした。
とみさわ かよの
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。平成25年度神戸市文化奨励賞、平成25年度半どんの会及川記念芸術文化奨励賞受賞。神戸市出身・在住。日本剪画協会会員・認定講師、神戸芸術文化会議会員、神戸新聞文化センター講師。