8月号
追悼 田辺聖子 さん ① 神戸在住の作家が語る|新しいことはええことや
筒井 康隆 〈作家〉
「僕はゴッド・ファーザーのような大家族制度にノスタルジアがあるんです」
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田辺 聖子 〈作家〉
「私は老若同居なんて絶対反対よ」
田辺 筒井さんは今年東京から神戸へ引越してこられたわけですけど、神戸は東京よりずっと眺めがいいから楽しみがあるでしょう。
筒井 東京ではながめるよりながめられる方でしたね。周囲がずっと団地でしょ、だから四階、五階から眺められて仕事しにくい(笑)
東京の家の周りはたしか東京で一番古い団地なんです。場所は青山にあって二DKか三Kなんですが家賃がものすごく安くて、五千円かそこらです。だから誰も出ない。なかには親子三代で住んでる人もいるから一番最初に入った人はもう爺さんや(笑)その子供達も青山に住んでるというエリート意識があるから出ていかない。青山に住んでいるとだけいって、何も団地に住んでるとはいわんでもいいからね(笑)物価も高いし、給料全部使ってしまうから新しく家建てる金は残らない。そこにいるより仕方ないんですよ。だからもうスラムの様相呈してますね。そこにまぎれこんだらもう何されるやらわからん感じです。実際、そこで勝手に自治会つくって駐車禁止の立札なんか立ててますが、そんなとこへ車停めておいたら周りのおかみさん連中がワッと寄ってきてみんなで吊るしあげです。こわいとこですよ(笑)
団地がスラム化すると僕がいいだしたのはそれ見てからです。
田辺 千里ニュータウンのようなスラム街ができたらえらいこっちゃわ(笑)
筒井 一山全部スラムですからね(笑)
田辺 東京の家はどうされたんですか?
筒井 まだありますが、もうほったらかしているので豚小屋みたいになってます。子供が暴れ盛りにおったとこやから、障子はやぶれてるし、棧はへし折ってる。すごいもんです。ただ泥棒が入れへんかとそれだけが心配です。鉄砲おいてますからね。
田辺 家に人がいなくなるとすぐ入りますよ。すぐわかるんですね。私、再度山の山の上にあった家、泥棒に入られて売ったの。泥棒が入って泊っていったのよ。
筒井 泊っていく?
田辺 そう、泊っていったの。食べものはラッキョウの詰めたのやら全部食べちゃって、おまけにナポレオンも飲んでいったのよ。私がいたく怒ったのはね、おフトンもちゃんとひいて枕も二つだしたんねん(笑)しゃくにさわったわ。ポータブルテレビとか私のガウンももっていって、他に何もとるものないものだから本棚から本ももっていってるの。本といってもね、金目になりそうな部厚い本よ。大江さんの「厳粛な綱渡り」とか瀬戸内さんの「かの子撩乱」北さんの「楡家の人々」なんか。
筒井 よう知っとんやね。
田辺 金目になりそうな本はよう知っとんのよ。がっちりした本ばかりもっていって、私の本は置いとんのよ(笑)
結局泥棒は捕まって物は出てきたんだけど、泥棒が入った時に山の下の交番に届けに行ったの。すると届け人は「田辺聖子」で家の持主は「川野純夫」でしょ。だから「これあんた、どんな関係ですの」って聞かれたから「これは主人ですけど、ここは別の家ですので、ふだんは荒田町の本宅の診療所におります」といって本宅の電話番号教えといたら、交番の巡査が荒田町の診療所の方へ電話してきはって「あんた、奥さんですか?」っていわれるから「そうです」いうたら「こんなこというてええんかな。ご主人、山の方に一軒家もってはりますよ」っていうのよ(笑)「そこがこの前泥棒に入られましたんですわ」って気の毒そうにいってはった。泥棒は捕まってもやはり本は出てきませんでした。それで私あわてて「田辺蔵書」っていうハンつくってベタベタ押したの(笑)
★「筒井さんの処女を守る会」つくっては…
田辺 この前の直木賞の発表の時はここへ集まって飲みはったんですか?
筒井 ええ、まあね。もうもろうたも同然やいうてどんちゃん騒ぎしよう思うて。
田辺 前に筒井さん、あんな賞なんかいらんいうてはったでしょ?
筒井 ええ、いってました。
田辺 そうやからあたしね、編集者や新聞記者の方が来やはったら「筒井さん絶対いらんいうてはったよ」っていったの。「もらいはってもやめときいうたんねん」って。
筒井さんは何となく賞をもらいはらへん方がいいみたいね。
筒井 文壇バーのママや女の子はみなそういうんです。もらわん方がいいって。もろた人はその瞬間から変わっていやらしいとか。
田辺 だから「筒井さんの処女を守る会」っていうのつくったら(笑)
筒井 いや、もう、あの前後の話は「毎日新聞」に書いたけど、みな東京や大阪からわざわざここまで取材に来てくださるんだから、賞をとる、とれへんはともかく、そういう人たちのことの方が気になって、当日ここでサービスいたしますからみな来て下さいということにしたんです。
文春の担当者から「残念でした」って電話があったでしょ。すると「いや、そんなはずはない。そんなはずはない」って面白半分でいってると、むこうはそうは思わないからかえってむこうがショック受けて、次の日から寝込んでしもたらしいです(笑)
田辺 その辺が東京の人にはちょっとわからへんのかもしれないわね。大阪人はテレ屋というか、そういう含羞があるんやね。
筒井 テレてごまかしてるだけでたいして屈折してないんですよ。東京で屈折するいうたら、二つも三つも屈折して何が何やらわけがわからんようになる。この前はここに集まってちょっと騒いだんです。東京だったらかなり無茶なことしょっちゅうしてますけど、ここだったらやはり目立ちますね。
田辺 それは全体にあるでしょ。東京で普通のことがここでは目立つっていうのは。私、東京で暮らしたことないから、かえってこっちから東京へ行くと、何かにつけてみなすごく突飛な感じがするわ。
★老若同居なんて絶対反対!
田辺 最近「恍惚の人」っていう小説が出たでしょう。私、老若同居なんて絶対反対なの。だって老後は一人で死ぬって戦中派はみな考えてるでしょ。核家族の限界論なんて今出ているけど、あれは非常にいけないですね。
核家族なんてまだ全然普及してなくて、ほんの一握りですよ。だから核家族がいきつく先になって、つまりスウェーデンのように老人が一人になってどうにもならないようになるまでもっと時間をかけないといけないです。
戦後まだ二十七年しか経ってないのに、それでもう限界論なんか出すのはやっぱり早いと思うな。もっともっと核家族が進んで、人間がもっと孤独に徹しないとダメですよ。
本当にこれでは生きられないというところになってはじめて、老人と若い人もいっしょになって同居するというふうにならないとね。日本人というのはいい加減なところでウロウロするわけね。
「これはやっぱり、こっちの方がよろしゅうおまっせ」という人がむやみと多いの。
年寄りなんか今そんなに甘やかすことないと思うな。我々だって一人で死ぬって覚悟今からもってるべきだと思いますね。
私だって若い者なんかにウンコやオシッコの世話させようとは絶対思わないわ。一人でのたれ死にすべきだと思うな。
筒井 僕はちょっと違いますが、今「ゴッドファーザー」って映画がはやってるでしょう。あの映画のように、子供や孫全部かかえて全部わしが面倒みてやるっていう根性もってないとダメだと思うんですね。今そんな人はどこにもいない。
うちのおやじは男の子四人生んでるわけですが、僕は昔の大家族制度みたいなものになんとなくノスタルジアがあるんです。おじいさんが孫にいろんなことを教えていくというほほえましい風景がほしいんです。それでうちに来てくれっていうんですが、どうしても来ないんです。死ぬまでわしらは二人で暮す、とおやじとおふくろはいってるんです。
田辺 立派やね。そういうのが理想的やわ。
筒井 子供が四人いて、四人共家を出てしまったんですが、よくあれで淋しくないのかなって思います。
田辺 私なんか、女から見た嫁、姑の壮絶な戦いというものを何代にもわたって見てるわけです。私の母は、私にとってひいおばあちゃんがいて、おばあちゃんがいて小姑がいっぱいいて、そして雇人がいっぱいいて、というところにきたでしょう。そんな状態を私なんかつぶさに見てますから、絶対いやね。気が合えばいいんですけど、気が合わない人間同士が何の権利があって誰がおらせるのかっていう気がしますね(笑)
だから私絶対に同居せなあかんていうふうな鉄則をはめてしまったら、日本の悪い家族制度がまた復活するのと同じだと思うわ。みんな好き好きにしたらいいんだけど、偉い人っていうのは皆、「こうすべきだ」とか「ねばならぬ」っていうのが多くて、そんなことまで小説に書きはるのいややわ(笑)
筒井 おじいちゃん、おばあちゃんから孫の代までずっと一緒に住んでいるとすると、もう全然血のつながりのない人が何人も家の中にいることになりますから、そりゃ当然いろんなことがでてくるでしょうね。
田辺 そのしわよせはみんな女にきますから。
筒井 男はそれをみてたらよいですが。
田辺 そして朝になったら会社に行きよんねん(笑)
筒井 うちへ帰ってきたら女房おらんでも誰か女の人出てきてとにかく世話してくれる。
田辺 だから家族制度っていうのは男にとっては非常に便利なのよ。
筒井 僕が大家族制度にノスタルジアがあるのはそれだな(笑)
田辺 男はみんな家族制度を支持するわけ。女にみんなしわよせがきて、女はかなわないからみんな核家族になっていっちゃう。だから私はもっと女性文化がすすまなあかんと思うの。女臭ふんぷんたる世代にならなあかんのよ。
家が古いと、親戚の人で行き場のないおばさんとかおじさんの連れあいとか、そのまた甥とか姪とかが多くて、またそういう女の人というのはよく動きますから、家が古いといつのまにかそういう人がたまっていくのね。配り場のない手札のようになんぼでもたまっていく(笑)三代前の知り合いとかいうおばさんやばあさんまで転がりこんでくるの(笑)
筒井 そういうのもおもしろな。集めよかな(笑)
田辺 おもしろいですけど、そのへんになるとたまらないんです。そしてまた整理して、一からカードを切りたくなってくる。ところで、筒井さんはお父さんやお母さんとケンカをなさったりするの?
筒井 昔はよくしましたが、オヤジは今はもう仏さんみたいになってしまって今は全然しません。
★神戸は中年の奥さんがきれいや
田辺 私、神戸に住んでいて、最近新しいものっていいものだなあって感じてきたの。「たたみと亭主」じゃないけど(笑)テレビなんかでも古いこという人があるけど神戸に住んでると何かそういうことに理解がなくなってくるの。この前もテレビやったか、中学生集めて非常にケチな人が「あんたら、朝起きてお仏壇おがむか。あんたら生きてはんのはご先祖のおかげだよ」ってなこといってるの。神戸にいるとそんなん聞くと非常に違和感を感じるわ。
筒井 しかし神戸の人って歴史ってものを非常に大事にしてますね。自分の住んでるとこの歴史はみんな一応心得ているような感じがしますが。
田辺 そうですか。
筒井 それに神戸には古本屋がたくさんあるでしょ。そして東京にないようなけったいな古本がたくさんある。神田には古本屋ようけあるけど、みんなベストセラーの古本ばっかり。こっちだと「チューインガムの歴史」なんていうおもしろいのがある。
本屋のおじさんに「こんな本ありますか」って聞くと「それやったらこの棚の何番目にありますよ」ってみんな頭のなかにいれているんですね。東京からみると地方文化人になるんだろうけど、すごい人が時々いますね。
田辺 そういう「好き者」ってのはいますね。
筒井 その「チューインガムの歴史」というのを買おうと思ったけど高いからやめた。
田辺 そんなに高かったの?
筒井 高いですよ。他にそんなのないもの。ハリスかどこかの研究所でだいぶ前に出したんです。パラパラめくってたら一番最後に「風船爆弾」というのが出てきてね。終戦末期にアメリカへ飛ばしたやつ、あれ、原料はチューインガムなんやね。
医学関係でも「甲状腺ホルモンの歴史」というようなのがあるんです。それみてたらおもしろくなって悪のりして「ホルモン」という小説書いた(笑)
田辺 神戸は中年の奥さんできれいな人多いわね。娘さんもきれいやけど。中年の奥さんがきれいやわ。
筒井 かわいらしいおばあちゃんも多いようですね。
田辺 時々へんにあかぬけしたおばあちゃんがいるけど、それは華僑の人ね。背がまっすぐで、華僑のおばあちゃんはきれいよ。
筒井 それから、神戸にはとんでもない金持ちがいますね。
田辺 御影の辺りもすごいわよ。白鶴美術館の辺は高級住宅地で、いけどもいけども塀がつきないの。大きな家やなあ、と思ってまわってみると名前が「黄」とか「陳」とか…。あのへん不思議やね。ところで、西宮の「播半」はいきはった?
筒井 まだです。
田辺 それじゃあ、まだだいぶ遊びはらんなんとこあるわ(笑)一山全部料亭なんですが、山や谷があってすごいの。ああいう眺めはちょっと東京の料理屋にはないみたいね。もみじがきれいやから今度秋に行きましょうよ。
筒井 歩いて神戸の街を覚えないとね(笑)
〈垂水の筒井康隆さん宅にて〉
1972年9月号掲載より抜粋