2024年
5月号
小澤征爾さんと。行きつけの成城のそば屋で。(2014年)

神戸で始まって 神戸で終る ㊼ アホになる

カテゴリ:文化・芸術・音楽, 文化人, 現代美術

今回、与えられたテーマは『アホになる』である。以前、『アホになる修行』という本を書いたことがあります。アホになるための修行などしなくても、昔から自分はアホであるという人もいるかも知れませんが、このアホになるということは実に大変で、そう誰もが簡単にアホになれるわけではないのです。
僕の母親の家宗が神道の黒住教で、この神道の教祖は黒住宗忠という。江戸時代に生きた宗忠さんは、中里介山の小説『大菩薩峠』に出てくる仙人のモデルでもありました。まぁ、このことは別にして、黒住さんの次のようなエピソードについて話そうと思います。
ある時、京都に有名な人相見がいて、黒住さんは早速、この占い師を訪ねてみようと思われた。宗忠さんを前にした人相見はハタと言葉につまってしまったのです。というのは、宗忠さんの相は、人相学では「アホの相」だからです。まともに「あなたの相はアホの相です」と言えなくなってしまった人相見は、モゾモゾするしかなかったのです。
「何を言われても気にしない。どうぞ言ってください」と宗忠さん。「実はあなたの相はアホの相です」。
それを聞いた宗忠さんは、「実は私は長年、アホになる修行をして参りました。そのことが相に表れているとは、これほど嬉しいことはありません」と、大いに喜ばれたというのです。
チベットのラマ教のお寺には、アホ面の寺男が住まわされているという話を聞いたことがあります。その意味は、修行の結果、寺男のような相になることが、修行僧の目標であるというのです。本当に人間が悟ると、アホ面になるというのです。黒住宗忠さんのアホになる修行は、つまり悟りの結果なのです。現代人は、カシコクなることばかりに励んでいます。またカシコイ人は世間での評価が高いですよね。
つい数日前にこんな記事を見ました。ある音楽学者が、小澤征爾さんと大江健三郎さんの対談を読んだ。その対談で小澤さんが、大江さんの難解な言葉に対して、「なるほどねぇ」とか「ハハハ」とか「ああ」というような言葉しか発しなかった。そんな小澤さんに対してこの学者は、小澤さんを「愚かにさえ映る」と言っている、評しているのです。大江さんの言葉に対して、小澤さんが知的に反応しないことに対する批判にも映るのですが、小澤さんの、大江さんの言葉に対しての反応ですが、僕は、芸術家は何も学者のように言葉を巧みにあやつる必要など毛頭ないと思います。
禅者の鈴木大拙は、霊性について語る時、本当に霊性を体感している人間は、むしろ、愚鈍、無知蒙昧な人達であると言っています。先月号に書いたように、本当に霊性を宿した人は、知性を最優先した知識人よりは、逆に超越した人間であると思うのです。カシコクあるよりは、むしろアホであることの方が、頭脳的人間よりも、魂と一体化した実践的な人間であると思うのです。脳は感情の支配を受けているので、悩み多い存在ですが、魂は肉体と共存しているので、脳のようにウソをつくことはないのです。肉体は実に正直です。肉体を痛めれば、即「痛い」と反応します。寒ければ「寒い」と反応します。脳は寒くても我慢して「寒くない」と言いかねません。実に肉体は正直です。それ以上に正直なのは魂です。
さっきの小澤さんの話に戻りましょう。
小澤さんの音楽が如何に素晴らしく、多くの人々を感動させ、大きな影響を与えているか、そのことの方が重要で、大江さんに対する生半可な反応などどうでもいいことです。それを「愚かに映る」としか言えない学者は、芸術家の愚鈍さなど、ちっともわかっていないのです。芸術家はむしろ愚者であるべきです。このことが理解できない学者を一般大衆はどう見ているのでしょうか。創造的才能に対して、知性など大したことではないのです。
小澤さんの音楽が人々を感動させるのは、小澤さんの霊力です。この学者は、音楽を専門としながら、芸術家小澤さんの霊力を全くわかっていない。というか、むしろ霊力の存在など気づいていないのでしょう。小澤さんを「愚かに映る」と言いながら、結局は小澤さんを評価しているのですが、その評価には説得力がないように映りました。
ウィキペディア百科事典によると、「愚者」は自由、型にはまらない、無邪気、純粋、天真爛漫、可能性、発想力、天才とあります。本当の愚かの意味がわかって、学者が小澤さんを評したとは思えないのです。僕のいう愚者とは、いわゆる煩悩を滅した者のことです。
黒住宗忠さんが生涯を通して求められた宗教的生き方は、ここでいう、煩悩を離脱した愚者そのものであったといえるのではないでしょうか。

『すみだトリフォニーホール(新日本フィルを支える会)』 1997年 国立国際美術館蔵

小澤征爾さんと。行きつけの成城のそば屋で。(2014年)

美術家 横尾 忠則

1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、東京都名誉都民顕彰、日本芸術院会員。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』ほか多数。2023年文化功労者に選ばれる。

横尾忠則現代美術館(神戸市灘区)にて『横尾忠則 ワーイ!★Y字路』展、2024年5月6日(月)まで。

横尾忠則現代美術館
https://ytmoca.jp/

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