2024年
5月号

早逝の女流作家 久坂葉子はとまらない|vol.10(最終回) 久坂葉子・死の謎

カテゴリ:文化人

人が自殺する理由はいろいろだろうが、結局は、死ぬ以外に逃れられないほどの辛さが原因だろう。久坂葉子にはどんな辛さがあったのか。
彼女が最初に死に言及しているのは、十六歳のときに書かれた「私」という文章だ。

「今迄私は死にたい死のうと思った事は唯の一度だになかった。(略)それが、七月より八月にだんだん執着が死への憧憬に変じ、生死の間を彷徨した。苦しんだ。そして、死に(ママ)決するや否や平静になりそして快活さを取りもどしたのだ」

同時期、同級生の熊野允子さんに宛てた手紙には、「死を欲してゐる」「死に対する憧憬が深くなって来ました。美しい世界を描いているからです」「幸福な道を歩んで下さいと友達から云はれます。するとね、『それは死だ』と云ひたくなる」「現在唯如何に死すべきかばかり、頭の中にある」「苦しんで何がいゝの。どうせいつかは死ぬのぢゃないか」等、続けざまに死への傾斜が吐露される。
最初の自殺未遂はこの時期に行われるが、それは允子さんからもらった薬(久坂葉子は青酸カリと思っていたが、実は風邪薬)をのもうとしたが、未然に兄・芳久氏に発見されて事なきを得る。
二回目の自殺未遂は、その年の暮れで、詳細は不明だが、同級生の友好安子さん宛の手紙に「あの日、私は気を失った為命をとりとめたの」とある。
三回目は翌年の十月で、友好さん宛ての手紙には「先日、私は又ふたゝび生きかへりました。二日間意識なくして眠ってをりましたが」とある。方法は睡眠薬で、このときは允子さんの母節子さんからの連絡で、危うく命拾いをしている。姉敏子さんの結婚式の直後で、兄芳久氏は「女の嫉妬の強さに驚いた」と話していた。
翌年から久坂葉子はVIKINGに参加し、さらに次の年には十九歳で芥川賞候補になり、小説に忙殺されると同時に、不倫相手との恋愛に翻弄される。そして、四回目の自殺未遂は死の年の三月、失意の九州旅行から帰ったあとに行われる。富士正晴宛ての手紙にはこうある。

「着物姿でくろさぎの如く、気狂ひをよそおった夕方、腕をメッタ切りにして、ボ(ママ)ロバリンを二百錠ものんで芝居じみた死に方をやったのですが、二昼夜、無意識の上、アニハカランヤ呼吸正常になり命をとりとめた次第」

このあと、娘の行く末を案じた母親が、かかりつけ医に頼んで肺浸潤だと嘘の病名を告げ、久坂葉子を約半年、自宅療養にさせている。夏に新たな恋人と出会い、過去の不倫相手への思いも断ち切れず、苦心して書いた「華々しき瞬間」は富士正晴にも不評で、ほかに演劇集団の立ち上げや、詩の朗読会をしたりと多忙で、久坂葉子は精神的にも肉体的にも疲弊していく。
そして、大晦日の夜明け前に百枚近い小説「幾度目かの最期」を三日で書き上げ、恋人にその原稿を渡したあと、バーで知人の忘年会に参加し、ひとり会場から抜け出して、午後九時四十四分、阪急六甲駅にて、飛び込み自殺を決行するのである。
私が不思議に思うのは、自殺の理由が毎回変わっていることだ。一回目は手紙に死を美化するようなことを書き、二回目は「灰色の記憶」で自分は罪深いと繰り返し、三回目は姉への嫉妬で、四回目は不倫の精算の失敗、五回目は「幾度目かの最期」によれば、恋人に自分のほんとうの気持ちをわかってもらうためとなっている。あたかも死にたいという強い思いが先にあって、それを正当化するためにいろいろな理由をこしらえあげたような印象だ。
そこで思い出すのは、「久坂葉子作品集・女」(六興出版)の帯に曾野綾子氏が寄せた文章である。

「太宰にしてもこの久坂氏にしても、本質的にあるいは生理的に生きることの辛いという人がいて、それはその人の心がけでなおるというようなものではまったくない」

生理的に生きることが辛い人などほんとうにいるのか。しかし、私は医師として、多くの患者さんを看取る中で、死を拒む気持ちはだれしも同じではないことを実感している。死に対する距離感がちがうのだ。久坂葉子も本質的に死に近しい人格だったのだろう。死に惹かれる気持ちを止めることは、はじめから難しかったのかもしれない。

「幾度目かの最期」の原稿冒頭部分

PROFILE
久坂部 羊 (くさかべ よう)

1955年大阪府生まれ。小説家・医師。大阪大学医学部卒業。外科医・麻酔科医として勤務したあと、在外公館の医務官として海外赴任。同人誌「VIKING」での活動を経て、2003年「廃用身」で作家デビュー。2014年小説「悪医」で第三回日本医療小説大賞受賞。近著に「寿命が尽きる2年前」「砂の宮殿」がある。

月刊 神戸っ子は当サイト内またはAmazonでお求めいただけます。

  • 電気で駆けぬける、クーペ・スタイルのSUW|Kobe BMW
  • フランク・ロイド・ライトの建築思想を現代の住まいに|ORGANIC HOUSE
〈2024年5月号〉
御菓子司 常盤堂|和菓子[KOBECCO Selection]
神戸御影メゾンデコール|オートクチュールインテリア[KOBECCO Select…
映画『港に灯がともる』が、神戸にてクランクイン|阪神・淡路大震災から30年目に公…
4月26日(金)神戸ポートタワーリニューアルOPEN!
ビアンヴニュ・大下さんと歩くKOBECCO パンさんぽ|Vol. 14 Alst…
スーパーキッズ・オーケストラ 20周年記念に スーパーストリングスコーベとの弦楽…
KOBECCO お店訪問|entre nousm(アントル ヌー)
Movie and CARS|モーリス ミニ クーパーS
神戸靴|SPIGOLA(スピーゴラ)
⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol.42 俳優 井…
平尾工務店|目次[PR]
BMW 駆けぬける歓び[PR]
最高の神戸ビーフ|ビフテキのカワムラ|扉 [PR]
<特集>神戸ポートタワー、神戸須磨シーワールド オープン! ー扉ー
2024.6.1[土]|神戸須磨シーワールド[水族館]神戸須磨シーワールドホテル…
その迫力に感動必至!西日本で唯一、シャチのパフォーマンスを楽しめる水族館 神戸須…
イルカとのふれあいや水槽付き客室、海への旅にいざなう価値体験が満載! 神戸須磨シ…
神戸偉人伝外伝|扉
永田良介商店|オーダーメイド家具[KOBECCO Selection]
ゴンチャロフ製菓|洋菓子[KOBECCO Selection]
ブティック セリザワ|婦人服[KOBECCO Selection]
アレックス|トータルビューティーサロン[KOBECCO Selection]
㊎柴田音吉洋服店|ハンドメイド ビスポークテーラー[KOBECCO Select…
マキシン|帽子専門店[KOBECCO Selection]
マイスター大学堂|メガネ[KOBECCO Selection]
L’AVENUE|パティスリー[KOBECCO Selection]…
亀井堂総本店|瓦せんべい[KOBECCO Selection]
トアロードデリカテッセン|デリカ[KOBECCO Selection]
神戸御影メゾンデコール|オートクチュールインテリア[KOBECCO Select…
フラウコウベ|ジュエリー&アクセサリー[KOBECCO Selecti…
STUDIO KIICHI|革小物[KOBECCO Selection]
il Quadrifoglio(クアドリフォリオ)|ビスポークシューズ[KOBE…
ボックサン|神戸洋藝菓子[KOBECCO Selection]
竹中大工道具館 邂逅―時空を超えて|第八回|九三房の世界 ― 千代鶴是秀の鍛冶道…
神戸で始まって 神戸で終る ㊼ アホになる
レッドロブスター 須磨海浜公園店
YURT(ユルト) CAFE&BBQ PARK
ビフテキのカワムラで 〝本物〟の神戸ビーフを 心ゆくまで
新連載 Vol.1 六甲山の父|A.H.グルームの足跡
神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~㊾前編 大森一樹監督
神戸・阪神間とフランク・ロイド・ライトそして、彼の建築思想を現代へ|平尾工務店
パーソナルトレーニングで 経営者 医師などエグゼクティブの 健康維持をお手伝い …
早逝の女流作家 久坂葉子はとまらない|vol.10(最終回) 久坂葉子・死の謎
映画をかんがえる | vol.38 | 井筒 和幸
連載 教えて 多田先生! 素粒子物理学者の宇宙物理学教室|〜第11回〜
JCは日本だけでなく、全世界の組織活動を通して、人的ネットワークを「広く」「深く…
3/29(にくのひ)(金)、神戸三宮センター街に兵庫県最大「ユニクロ 神戸三宮店…
ハラミちゃん×KOBECCO 単独インタビュー
今月の映画と展覧会
娘のために、本を書きました。|日本テレビ 映画プロデューサー 谷生 俊美さん
カウンスルNo.3 第13回 高校生スピーチコンテスト
大地の匂いがする画家 中西勝画伯生誕100年|記念館「無字庵」ではスケッチブッ…
ラジオ関西「田辺眞人のまっことラジオ」最終回 4月から新番組「田辺眞人のラジオレ…
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第153回
神大病院の魅力はココだ!Vol.31神戸大学医学部附属病院 循環器内科 川森 裕…
出会いと学びの旅から Vol.05
神戸のカクシボタン 第125回 市街地を眺めながら大人の中華を堪能 『神天樓 M…
連載エッセイ/喫茶店の書斎から96 ドリアン助川さんと
“傾聴”と“伝達”から生まれるコミュニケーション
桜とともに咲く話芸 春の兆楽寄席を開催
有馬温泉歴史人物帖 ~其の拾四~ 赤松則祐(あかまつそくゆう) 1314~137…
ベトナム元気X躍動するアジア 第5回|ハノイ市内観光の穴場?―貿易大学とロッテセ…
六甲山開祖・グルームゆかりの 白鬚神社がお引っ越し
あいまのりすと ~タイムリミット1時間の小散歩~ Vol.5